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ゴール下のキングコング、パトリック・ユーイング

投稿日:2018年6月1日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回はゴール下のキングコング、パトリック・ユーイングを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1962年8月5日

出身国:ジャマイカ(後にアメリカへ帰化)

出身地:サリー郡キングストン

ポジション:センター

ドラフト順位:1985年1順目1位

ドラフトチーム:ニューヨークニックス

出身校:ジョージタウン大学

身長:213cm 体重:115kg

パトリック・ユーイングは凄いセンター

1980年代後期から1990年代に大活躍した名センターがパトリック・ユーイングです。ゴール下での存在感はまさにNBAトップクラスでした。1度見たら忘れられないその風貌はNBAの中でも物凄く目立っていました。

「ユーイングキャラ濃すぎっ」

アメリカ出身だと思っていたんですが、もともとはジャマイカ出身で後に、アメリカに帰化した選手です。

それと漫画「SLAMDUNK」のゴリこと赤木のモデルとなっているのは間違いない。

ニックネームはキングゴングです。赤木のゴール下のキングコングって言うあだ名はそこから取ったものでしょう。ユーイングはキングコングのニックネームのとおり物凄い威圧感でした。

当時は「まさにこれぞセンタープレーヤー」って言う選手でしたね。

今はもはやセンターの概念なんてあってないようなもんですが。

ニックスの背番号33番は永久決番になっています。

若き日のユーイング

ユーイングは12歳までジャマイカのキングストンに住んでいました。クリケットとサッカーが得意でした。その後アメリカのマサチューセッツ州に移住したユーイングはアメリカでバスケットボールをすることを学びました。

ユーイングは物凄いスピードで上達します。そして、全米でも屈指のセンタープレーヤーに成長しました。

「ただならぬ素質」

ジョージタウン大学時代

高校の最終年にユーイングはジョン・トンプソン率いるジョージタウン大学へ進学することを決意しました。その後大学へ進学したユーイングは全米トップクラスの選手になります。

一年生の時からチームのエースとしてチームを引っ張りました。ユーイングはジョージタウン大学を1982年のNCAAファイナルへ導きます。そして、ファイナルの相手はあの若き日のマイケル・ジョーダンがいたノースカロライナ大学でした。

試合終盤までジョージタウン大学が勝っていましたが惜しくも敗れてしまいました。

あのジョーダンの伝説のシュート「THE・SHOT」が生まれたのもこの試合です。

「ユーイングにとっては相手が悪かったとしか言いようがない」

この頃から神様は神様だったんです。

2年目のシーズンもユーイングはチームのエースでしたがこの年はNCAAトーナメント2回戦で負けてしまいました。3年目のシーズン、ユーイングは1年ぶりにジョージタウン大学をNCAAファイナルに導きます。相手は

アキーム・オラジュワン率いるヒューストン大学でした。84対75でヒューストン大学を倒しNCAAファイナルを制覇しました。

「ユーイング凄すぎる!!」

後にNBAでもこの2人の対戦を見ることになるのですが、この時はユーイングに軍配が上がりました。

そして、大学最終年になる1985年もユーイングはまたしてもチームをNCAAファイナルに導きました。決勝の相手は格下のビラノバ大学でしたが、惜しくも66対64で敗れました。

ユーイングは大学4年間で3度のNCAAファイナル出場を果たしましす。また大学時代のユーイングはオールアメリカンのファーストチームに3回も選ばれました。また他にも数々の賞を受賞しています。

「めちゃくちゃすごい」

ニューヨークニックス時代

ユーイングは1985年のNBAドラフトにおいて1順目1位でニューヨークニックスに指名されました。1年目から平均20得点、9リバウンド、2ブロックの成績を残します。いきなりリーグトップクラスの活躍をしたユーイングは新人王を獲得しました。

そしてユーイングはルーキーイヤーから13年間平均得点が20点を下回ったことは一度もありません。

「やはりユーイングは凄い選手」

ユーイングが加入したニックスはイースタンカンファレンスの強豪チームになりました。ニックスはユーイングを筆頭にディフェンスが非常にいいチームでした。ユーイングのゴール下での存在感はかなり大きかったです。

ただ90年代のイースタンカンファレンスにはシカゴブルズという絶対的なチームがいたためなかなかNBAファイナルには進出できませんでした。1992年のカンファレンスセミファイナルでは強豪シカゴブルズを第七戦まで追い詰めましたが惜しくも敗れています。

「この時のユーイングの活躍は本当にすごかった」

しかし、大学時代と同様相手がジョーダンでした。しょうがないとしか言いようがありません。

そして、ジョーダンが引退した1993年ー1994年シーズンユーイングは遂にシカゴブルズをやぶります。1994年のカンファレンスセミファイナルは第7戦までもつれましたが、ニックスが勝利しました。

「まさしく鬼のいぬまに」

っていう感じでしたね。鬼とはもちろんジョーダンの事ですwww

その後、ペイサーズをカンファレンスファイナルでやぶり念願のNBAファイナル進出を果たします。ファイナルの相手は大学時代のライバルだったアキーム・オラジュワン率いるヒューストンロケッツでした。第7戦までもつれましたが惜しくもロケッツに敗れてしまいました。

「大学時代は勝ったんですけどね」

ただ1994-1995年シーズン「鬼が復帰します」www

鬼のいぬまに優勝したかったユーイングでしたが、その後はジョーダン率いるシカゴブルズ王朝やライバルチームがニックスの前に立ちはだかりなかなかNBAファイナルには進出できませんでした。

ただ、その後またチャンスがやってきます。1998年シーズン終了後にジョーダンが2度目の引退をします。今度こそ鬼のいぬまに優勝したかったユーイングは1999年NBAファイナルに再び進出します。

当時のニックスは第8シードながら奇跡的にNBAファイナルに進出したため「ミラクルニックス」と呼ばれていました。

「めっちゃかっこええーーーー」

しかしこのファイナルではユーイングは怪我で活躍することが出来ませんでした。結果スパーズに1勝4敗で敗れました。

私はニックスを応援していたので非常に悔しかったです。

「私はユーイングにチャンピオンになって欲しかった(涙)」

移籍

その後、ユーイングは2000年にトレードでシアトル・スーパーソニックスへ移籍します。正直ニックス以外のユニフォームを着たユーイングは違和感がありました。

「全然ユニフォームにあってないwww」

なぜならばユーイングはニックスで15年間もプレーしていたからです。私はユーイングがニックス以外でプレーする事に正直戸惑いました。

ソニックスで1年プレーしたあとは、2001-2002年シーズンにオーランド・マジックでプレーし引退します。

キャリア平均21得点、9.8リバウンド、2.5ブロックの成績でした。

「本当に凄い成績です」

元祖ドリームチーム

バルセロナオリンピックではドリームチームに選出されておりライバルのジョーダン等とともに金メダルを獲得しました。また

デビッド・ロビンソンとのインサイドのコンビは強烈でした。当時ロビンソンはウェスタンカンファレンスに所属していたためオールスターでも

一緒のチームでプレーすることは無かったのでまさに夢のコンビでした。

「こんなチーム見れるなんて本当に幸せ」

ユーイングのバッシュはEwing

またユーイングで印象的なのが自分のブランドのシューズを履いていたことです。

その名も「EWING」です。当時はあまり人気なかったですが、今見ると意外と悪くないですね(笑)

ユーイングのプレースタイル

ユーイングは常にリーグを代表するセンターでありながら、優勝は出来なかったんですが、インサイドが強く素晴らしいセンターでした。

またミドルショットも打つことが出来ます。

今現在のNBAでは当たり前のようにセンターでもスリーポイントを多用しますが、1990年代のNBAではセンターがスリーポイントを打つことはほぼありませんでした。

オールスターでたまに打つくらいでシーズン中にはほとんど打ちません。

そう考えるとNBAもかなり進化していますね。ただ、私はインサイドの選手はインサイドに特化するのも間違いではないと思います。

ユーイングのようなインサイド専門の選手がいたほうがいいのではないでしょうか?

今現在はユーイングのようにインサイドのみでインパクトのある選手はもう絶滅したように思います。

多分現役時代のユーイングが今のNBAでプレーしたら止めるのは難しいでしょう。またユーイングのようなインサイドが強い存在感のあるプレーヤーが出てきてほしいですね。

「第二のゴール下のキングコングが出てくる日がいずれ来るでしょう」

お世辞抜きにしてもユーイングは本当に凄いプレーヤーでした。

あと鼻の穴のでかさも半端なかったwww

息子もNBA選手

ユーイングの息子であるパトリック・ユーイングJrは2008年NBAドラフトでサクラメントキングスに2順目43位で指名されました。NBAではほとんど活躍出来ませんでしたが、親子揃ってNBA選手になったことは本当に凄いことです。

引退後

引退後はウィザーズやロケッツ、マジック、ボブキャッツなどでアシスタントコーチを務めました。また、2017年からは母校であるジョージタウン大学のコーチを務めています。

いつの日かコーチとしてもNCAAファイナルで優勝してもらいたいものです。

「今度は選手としてだけでなく監督として伝説になって欲しい」

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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