レジェンド

ラリー・バードを動画付きで紹介してみる。

投稿日:2018年5月26日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回は最強の白人選手ラリー・バードを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1956年12月7日

出身国:アメリカ

出身地:インディアナ州フレンチリック

ポジション:スモールフォワード

ドラフト順位:1978年6位

ドラフトチーム:ボストン・セルティックス

出身校:インディアナ州立大学

身長:206cm 体重:100kg

ラリーバードはNBA史上最高の白人選手

ラリー・バードが引退してかなり時間が経ちますが、彼を超える白人選手は未だに現れていません。

それだけラリー・バードと言う選手は凄い選手です。

私はバードのプレーを見て

「本当にかっこいい選手だなぁ」

といつも思っていました。すべての動きが凄かったです。

大学時代

ラリー・バードはインディアナ大学から奨学金のオファーを受けました。一旦入学しますが、バードは大学生活に馴染めませんでした。結果すぐにインディアナ大学を退学しています。

その後は、地元フレンチリックに帰りしばらく仕事をしていました。バードいわく

「当時の仕事仲間は本当に最高だった」そうです。

その後、インディアナ州立大学から熱烈な勧誘を受けたバードは、インディアナ州立大学に入学します。インディアナ州立大学はバードの加入で一気に強いチームへと生まれ変わりました。バードは大学時代平均30.3得点、13.3リバウンド、4.6アシストを記録しています。

ラリー・バードのライバル

ラリー・バードがインディアナ州立大学で頭角を現したと同時に、マジック・ジョンソンもミシガン州立大学で大活躍していました。

バードは4年生の時にチームをNCAAトーナメントの決勝に導きます。相手はマジック・ジョンソン率いるミシガン州立大学でした。当時バード対マジックの対決は注目の的になりました。

テレビ中継の視聴率は当時のNCAAトーナメントにおける最高視聴率を記録しています。注目の試合結果は75対64でミシガン州立大学が勝利しています。

その後バードはセルティックスへ指名され、マジックはレイカーズに指名されました。

2人のライバル関係は大学時代だけでなく、NBAに入ってからもずっと続きました。この2人のライバル関係がなければ、今のNBAはなかったと言っても過言ではありません。

 

プレースタイル

バードは洞察力が非常に優れていた選手でした。身体能力は黒人選手と比べると決して高くなかったです。

実際、当時の選手達は

「バードは飛ぶことができない」

と言っていました。

しかし、バードは持ち前のバスケットボールセンスで大活躍します。

特にアシストセンスは本当に凄いと思います。私もよくバードのパスを真似していましたが、なかなかうまくいかなかったのを今でも思い出します。このバードのアシストが本当にかっこいい。惚れ惚れしてしまいます。

もう一度いいますが

「バードのパスはマジかっこいい」

3ポイントコンテスト3連覇

バードはアウトサイドのシュートが本当にうまいです。スリーポイントコンテストでは三連覇(1986、1987、1988)しています。

独特のフォームから放たれるシュートは観客たちを魅了しました。

本当にかっこよすぎ!

 

トラッシュトーク

バードと言えばトラッシュトークも凄かったです。有名なのが、クリスマスゲームの時に、当時ペイサーズのスター選手だったチャック・パーソン相手にシュートを決めるたびに

「メリークリスマス!!」

と言い続けていたことです。

これ自分がやられたら本当にむかつくでしょうね。シュートを決められた挙句にそれがプレゼントと言う事ですからね(笑)

あとはスリーポイントコンテストの時に「誰が2位になるんだい?」と言って、平然と優勝するなど本当にやることが凄いです。

50-40-90club

50-40-90クラブとはフィールドゴール50パーセント以上、スリーポイント40パーセント以上、フリースロー90パーセント以上の確率を残した選手達のことを指します。

バードは1987年と、1988年に2年連続でこの記録を達成しました。2年連続で達成した選手はラリーバードだけです。バードは本当にシュートがうまいんです。

主な成績

NBAチャンピオンには1981年、1984年、1986年と3度輝いています。1984年、1986年にはファイナルMVPに選出されました。

レギュラーシーズンMVP(1984、1985、1986)

NBAオールスター(1980-1988、1990-1992)には12回出場

NBAオールスターMVP(1982)

オールNBAファーストチーム(1980-1988)に9回選出

ルーキーオブザイヤー(1980)

キャリア平均では24.3得点、10リバウンド、6、3アシスト、プレーオフでは23.8得点、10.3リバウンド、6.5アシストを挙げています。

リバウンドめちゃくちゃとってますね(笑)

ドリームチーム

私の中で印象深いのがバルセロナオリンピックにバードが出場したときの事です。

選手としてはもう晩年で怪我がちでしたが、ドリームチームでは、それまでライバルであったマジック・ジョンソンと初めて一緒のチームでプレーしました。

NBAではバードがイースタンカンファレンス、マジックがウェスタンカンファレンスに所属していたためオールスターでも一緒のチームになることは無かったんですね。

大学時代から常にライバルとしてプレーしてきた2人が一緒にプレーをしているのを観るだけで、私は本当に幸せな気分になりました。

マジックからのパスを受けたバードがシュートを決めるシーンは本当に最高でした。感動ものです。

私は「うわーすっげー!!」と心の中で叫んでいました。

まさしくドリームチームは夢のチームだったんです。本当に特別でした。

永久欠番

バードがつけていた33番はセルティックスの永久欠番になっています。セルティックスの永久欠番が多すぎて、もうなにがなんだかわからない状態なんですが(笑)

バードの33番もセルティックスのホームコートの上に掲げられています。今後もづっと語り継がれていくでしょう。

引退セレモニーには永遠のライバルマジックジョンソンが登場、本当に感動します↓

ラリーバードは最強の白人選手

ラリー・バードの引退後、未だに彼を越える白人選手は出てきていないと私は思っています。NBAの歴史の中で最強の白人選手であることは間違いありません。

今後彼を超える白人選手が出てくるか注目ですね。

色々書きましたが本当にラリー・バードは魅力的な選手でした。

バード最高!!

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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