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The Truth(ザ・トゥルース)、ポール・ピアースはセルティックスのレジェンド

投稿日:2018年7月28日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回はポール・ピアースを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1977年10月13日

出身国:アメリカ

出身地:カリフォルニア州オークランド

ポジション:シューティングガード/スモールフォワード

ドラフト順位:1998年1順目10位

ドラフトチーム:ボストン・セルティックス

出身校:カンザス大学

身長:201cm 体重:109kg

NBAデビュー:1999年2月5日

ポール・ピアース

ピアースは外角のシュートもぺネトレイトも出来る本当に凄い「点取り屋」でした。

彼のキャリアで印象深いのは、ピアースは非常に勝負強い選手であった事です。私が見たことがある選手の中でもトップクラスです。

あくまで私的な意見ですがマイケル・ジョーダン、レブロン・ジェームズ、コービー・ブライアントラリー・バード、ロバート・オーリーなどが土壇場で大活躍した選手として印象深いですが、ここ数十年の中でもピアースは特に土壇場に強い選手であると思っています。

りとる・あいばーそん
ピアースは本当に土壇場に強かった!!

カンザス大学時代

ポール・ピアースはカンザス大学在籍時には既にスタープレーヤーとして全米にその名を轟かせていました。

3年生の時にはオールアメリカンのファーストチームに選出されています。

彼が大学時代に付けていた背番号34番はカンザス大学の永久欠番になりました。

1998年NBAドラフト

ピアースは1998年のドラフトではかなり高い順位で指名されることが予想されていました。

しかし、ふたを開けてみると1位マイケル・オロワカンディ、2位マイク・ビビー、3位リーフ・ラフレンツ、4位アントワン・ジェイミソン、5位ビンス・カーター、6位ロバート・トレイラー、7位ジェイソン・ウィリアムズ、8位ラリー・ヒューズ、9位ダーク・ノヴィツキーと指名されていきます。

結果的にピアースは10位でボストン・セルティックスに指名されました。

ボストンセルティックスにとってはピアースがこの順位まで残っている事自体ありえない事なので、本当に良い選手を指名出来たドラフトでした。

大のレイカーズファン

セルティックスに入団したピアースでしたが、彼は地元がカリフォルニアだったのでロサンゼルス・レイカーズの大ファンでした。

ボストン・セルティックスはレイカーズのライバルチームであった為、ピアースはセルティックスのことを嫌っていました。しかし、皮肉にも彼はその嫌っていたセルティックスに指名されNBAキャリアをスタートさせる事になります。

 

セルティックスのフランチャイズプレーヤーへ

ピアースはルーキーイヤーから大活躍し、オールルーキーファーストチームに選出されました。

見事ドラフト指名時の低い評価が間違っていた事を証明します。

ピアースはその後も活躍し続けセルティックスのフランチャイズプレーヤーへの道を歩き始めました。

しかし、この時代のボストン・セルティックスはラリー・バードケビン・マクヘイルらが活躍していた1980年代のような名門チームの面影はまったく無かったですね。

再建真っ只中でした。

りとる・あいばーそん
かなり低迷してましたね。

しかし、そんな低迷していたチームの中でもピアース自身は活躍し続けます。

カンファレンスファイナル進出~

セルティックスのエースに成長しつつあったピアースは2001ー2002年シーズンにカンファレンスファイナルに進出します。しかし、ジェイソン・キッド等がいたニュージャージー・ネッツに2勝4敗で敗れました。

その後は目立った結果が出せなかったセルティックスでしたが、ピアースはセルティックス一筋でプレーし続けます。

既にこの頃にはピアースといえばセルティックスと言うイメージが固まっていましたね。

彼はラリー・バードのあとのセルティックスのフランチャイズプレーヤーに成長しました。

りとる・あいばーそん
本当に凄い事!!

BIG3の結成、NBAファイナル優勝

そして、ついにチャンスがやってきます。

セルティックスは2007-2008年シーズンにシアトル・スーパーソニックスからレイ・アレンを獲得します。また、それだけにとどまらずミネソタ・ティンバーウルブスからケビン・ガーネットを獲得しました。

この「BIG3」の結成は当時かなり話題となりました。

スーパースターをより集めた即席チームがすぐに優勝出来るほどNBAは甘くないんですが、この3人はエゴを捨て1年目から結果を残します。

また、若手だったレイジョン・ロンドやグレン・デイビス、ケンドリック・パーキンスなども非常に良い活躍をしました。

結果、新生セルティックスはなんと1年目からNBAファイナルへ進出します。

そして、ファイナルの相手は皮肉な事にピアースが少年時代に応援していたロサンゼルス・レイカーズでした。

憧れのチームを倒さなければならなくなったピアースでしたが、全力でレイカーズを倒しに行きましたね。

ピアース対コービーの対決は非常に見ごたえがありました。

りとる・あいばーそん
ピアース対コービー最高!

 

このファイナルは下馬評ではレイカーズがかなり有利と思われていました。

しかし、ピアースの大活躍によりセルティックスが4勝2敗でNBAチャンピオンに輝きます。そして、ピアースはファイナルMVPを獲得しました。

りとる・あいばーそん
ピアースかっこよかった!

セルティックスから移籍~引退

その後もセルティックスは強豪チームとしてイースタンカンファレンスで結果を残しますが、レイ・アレンのヒート移籍などで次第に弱体化していきます。

「少し寂しかったですね」

その後、ピアースは2013年にブルックリン・ネッツにトレードで移籍しました。

2014年にはワシントン・ウィザーズ、2015年から2017年にはロサンゼルス・クリッパーズ、最後はボストンセルティックスと契約し引退しています。

「ネッツ、ウィザーズ、クリッパーズではベテランとしてかなり存在感を示しました。さすがピアースです」

 

ニックネーム

ニックネームの「ザ・トゥルース」ですが、このニックネームはシャキール・オニールが名付けました。ピアースの実力が本物である事から名付けられました。

りとる・あいばーそん
かっこいいあだ名!!

名門セルティックスでの偉大な記録

私の中では未だにセルティックスの名選手と言えばラリー・バードが思い浮かびますが、ポール・ピアースはラリー・バードがセルティックス時代に記録した通算21,791得点をなんと越えてしまったのです。

通算24,021得点を記録しセルティックスの長い歴史の中で2位の記録を打ち立てました。ちなみに1位はジョン・ハブリチェックというレジェンドです。

正直ラリー・バードを超える選手なんて出てくる訳が無いと思っていたんですが、こんなにも早くバードの記録を超してしまったピアースの活躍は本当に凄いとしかいいようがありません。

もはやピアース自体がレジェンドです。そして背番号34番はセルティックスの永久欠番になりました。

永久欠番だらけのあのセルティックスのアリーナにさらに永久欠番がふえましたね(笑)

りとる・あいばーそん
正直ラリー・バード越えは凄い!!

 

フランチャイズレコード

ピアースは名門セルティックスのフランチャイズレコードを沢山持っています。

  • ハーフでの最多得点(46得点、オーバータイム含む)
  • オーバータイムでの得点(13得点)
  • スリーポイントフィールドゴール成功数(1578)
  • スリーポイントフィールドゴール試投数(4273)
  • フリースロー成功数(5808)
  • フリースロー試投数(7212)
  • 1試合でのフリースロー成功数(20)
  • 1試合でのフリースロー試投数(24)
  • ハーフでのフリースロー成功数(14)
  • 1シーズンフリースロー成功数(627、2005-06シーズン)
  • 1シーズンフリースロー試投数(812、2005-06シーズン)
  • 1試合最高スティール数(9、ラリー・バードとタイ記録)
  • フリースロー21本ノーミス(2003年プレーオフ1回戦)
  • ハーフ(プレーオフ)での最多得点(32得点)
  • 1ヶ月での平均得点(平均33.5得点、2006年2月)
  • 2001-02シーズンのシーズン最高得点(2,144得点)
  • 35歳と2ヶ月と6日で40得点
  • セルティックスでのキャリア平均得点歴代3位
りとる・あいばーそん
まさにセルティックスのフランチャイズプレーヤー!!

ピアースは今後間違いなくセルティックスのレジェンドとして語り継がれていくでしょう。

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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