レジェンド

ホワイトチョコレート、ジェイソン・ウィリアムズ

投稿日:2018年7月19日 更新日:

りとる・あいばーそん
今日はホワイトチョコレートことジェイソン・ウィリアムズを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1975年11月18日

出身国:アメリカ

出身地:ウェストバージニア州チャールストン

ポジション:ポイントガード

ドラフト順位:1998年1順目7位

ドラフトチーム:サクラメントキングス

出身校:フロリダ大学

身長:185cm 体重:86kg

NBAデビュー:1999年2月5日

ジェイソン・ウィリアムズ

私がジェイソン・ウィリアムズのプレーをはじめて見たのは、NHKBS放送でした。

別に気にする事も無く見ていると、背番号55番で右腕に豹、左腕にドラゴンのタトゥーが入っているかっこいい白人選手が出てきました。

それがジェイソン・ウィリアムズでした。当時白人選手でタトゥーを入れている選手はあまりいなかったので衝撃的でしたね。

ルーキーにも関わらず大胆なプレーで活躍した姿を今でも思い出します。

もちろんすぐに当時のキングスファンの間で人気者になりましたし、私も彼の大ファンになってしまいました。

高校時代

ウィリアムズはウエストバージニア州ベルにあるデュポン高校に通っていました。

彼はデュポン高校で通算1000得点、500アシストを記録した唯一のプレーヤーになっています。

また後にNFLのスーパースターとなるランディ・モスとも一緒にプレーしました。

大学時代

ウィリアムズは最初はマーシャル大学に通っていました。

しかし、当時マーシャル大学の監督だったビリー・ドノバンが1996年の夏にフロリダ大学の監督に就任すると、ウィリアムズはをドノバンを追ってフロリダ大学に転校します。

りとる・あいばーそん
ドノバンめっちゃ慕われてる。

1997-98年シーズンからフロリダ大学のスターティングポイントガードになったウィリアムズは20試合で平均17.1得点、6.7アシスト、2.8スティールの記録をのこしました。

しかしその後マリファナの使用が原因でフロリダ大学から干されました。

1998年NBAドラフト

大学から干されていたウィリアムズは1998年のNBAドラフトにアーリーエントリーします。

このドラフトで彼は1順目7位でサクラメント・キングスに指名されました。

また、のちのトレード相手となるマイク・ビビーも全体2位指名でバンクーバー・グリズリーズに指名されています。

りとる・あいばーそん
運命を感じますこのドラフト

ニックネーム

彼のニックネームであるホワイトチョコレートは白人でありながら黒人のようなスタイルである事から名付けられました。

あとはJ-willと呼ばれる事もありますね。

私はJ-willのほうが好きです。

エルボーパス

現役時代に彼はトリッキーなプレーをいっぱいしました。中でも特に印象的なプレーはルーキーオールスターで見せた「エルボーパス」です。

私はこの試合をテレビで見ましたが、最初は何をしたのか全然分からなかったですね。

スローで何回も見直しました。

もちろん真似しましたけど、いかんせん私の腕が短すぎて彼のようには出来ませんでしたw

このエルボーパスはかなり有名ですね。

りとる・あいばーそん
本当にすげーパス

 

いきなりスキンヘッド

当時白人でスキンヘッドにする選手は少なかったですが、ある時彼は「いきなりスキンヘッド」で登場しました。

最初見たときはびっくりしましたけど、めちゃくちゃかっこよかったです。

りとる・あいばーそん
スキンヘッドのウィリアムズ好きですねー。

あとスキンヘッドにヘッドバンド姿のウィリアムズも良かったです!

ジャパンゲームで来日

ウィリアムズは1999-2000年シーズンにジャパンゲームで来日しています。

対戦相手はミネソタ・ティンバーウルブスでした。

場所は東京ドームで2試合開催されています。

第1戦はサクラメントキングスが100対95で勝利。しかし、続く第2戦は惜しくも101対114で敗れています。

そしてこのジャパンゲームで忘れてはいけない事が1つあります。

この試合はテレビで放送があったんですが、私はウィリアムズの腕に何やら新しいタトゥーが入っているのに気づきました。

そこには「気○い」と言う文字が・・・

りとる・あいばーそん
放送禁止用語っすね

最初はばっちりテレビに映ってました(汗)その後テーピングで隠したところを見ると放送局から何か指摘されたのはまちがいないでしょう。

本人的には「バスケマニア」っていう肯定的な意味合いで入れたらしいです。

キングスを強豪チームに

ジェイソン・ウィリアムズの加わったサクラメント・キングスはウエスタンカンファレンスの強豪チームへ成長していきます。

彼はクリス・ウェバー、ぺジャ・ストヤコビッチ、ブラデ・ディバッツ、ダグ、クリスティー、ニック・アンダーソン等と共にキングスを非常に素晴らしいチームにしました。

ウィリアムズ加入後キングスは1979-1980年シーズン以来始めて勝ち越します。

この時のキングス本当にかっこよかった!!

グリズリーズへトレード

キングスはプレーオフに出続けます。しかし、プレーオフではなかなか勝ち上がることが出来ませんでした。

ジェイソン・ウィリアムズの派手なプレースタイルではチームを勝利に導くことが出来ないと思ったキングスは2001年にウィリアムズとニック・アンダーソンをトレードで放出します。

トレード相手はメンフィス・グリズリーズのマイク・ビビーとブレント・プライスでした。

ビビーを加えたキングスは皮肉にもその年カンファレンスファイナルまで勝ち進みます。しかも、王者レイカーズをがけっぷちまで追い詰めました。

ウィリアムズにとっては自分がトレードされてからさらにキングスが強くなったので複雑な心境だったでしょう。

 

メンフィス・グリズリーズに加入

ウィリアムズは当時弱小チームだったメンフィス・グリズリーズに加入します。

メンフィスグリズリーズは1995年に出来た新しいチームでプレーオフとは無縁のチームでした。

しかし、ウィリアムズやパウ・ガソルらの活躍で2003年ー2004年シーズンにはフランチャイズ史上初めてプレーオフに進出しました。

マイアミヒート時代

ウィリアムズは2005年にマイアミ・ヒートにトレードで加入します。

当時のヒートにはゲイリー・ペイトンシャキール・オニールドウェイン・ウィエイド、アントワン・ウォーカー、アロンゾ・モーニング等とにかくいい選手がいっぱいいました。

今見ても物凄いメンバー

プレースタイルの変化

ヒートに加入してからのウィリアムズはストリートスタイルの派手なバスケは一切しなくなりました。魅せるバスケットよりも勝つバスケットをやっていましたね。

正直キングス時代のような観客を魅了するプレーを見ることが出来ず残念でした。

しかし、ウィリアムズがポイントガードとしてヒートの選手をうまくまとめていたのは見ていて分かりました。

結果その年ヒートはNBAファイナルに進出。

ファイナルではダラスマーベリックス相手に4勝2敗で勝利しました。

ルーキーの頃から注目して見て来た選手でしたし、本当に楽しませてくれた選手だったので彼がチャンピオンリングを取ったときは本当にうれしかったです。

りとる・あいばーそん
ウィリアムズおめでとう!

その後は2008年までマイアミ・ヒートでプレーしています。

ヒート以降

ウィリアムズは2009年から2011年までオーランド・マジックに所属、2011年には再びメンフィス・グリズリーズでプレーして引退しました。

本当に魅力的なポイントガード

 

これだけインパクトが強くて大活躍していたにもかかわらず彼はオールスターに一度も出ていません。

ただオールスターには出てないですが、私の中ではトップ5に入る名ポイントガードです。

本当に見ていて楽しいポイントガードでした。

当時はウィリアムズのプレーを見るのが楽しみで楽しみでしょうがなかったです。

りとる・あいばーそん
やっぱりいつ見ても彼のプレーはかっこいい!

それではまた。

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

-レジェンド

Copyright© NBAレジェンド-過去から現在までのNBAをまとめるブログ , 2019 All Rights Reserved.