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ティム・ダンカン(ビッグファンダメンタル)は NBA史上最強のパワーフォワード

投稿日:2018年7月13日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回は、ティム・ダンカンを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1976年4月25日

出身国:アメリカ領バージン諸島/アメリカ

出身地:アメリカ領バージン諸島/セント・クロイ島

ポジション:パワーフォワード/センター

ドラフト順位:1997年1順目1位

ドラフトチーム:サンアントニオ・スパーズ

出身校:ウェイクフォレスト大学

身長:211cm 体重:113kg

NBAデビュー:1997年10月31日

NBA史上最強のパワーフォワード、ティム・ダンカン

ティム・ダンカンはNBA史上最高のパワーフォワードです。

サンアントニオ・スパーズ一筋で19年間プレーしました。間違いなく今までのスパーズに所属した選手の中でNO1の選手です。

福岡ユニバーシアードで来日

彼が大学生だったころ日本でユニバーシアードが開催されました。

私は生で試合を見ました。

アメリカ代表は本当にガチメンバーで日本に乗り込んできました。

アメリカ代表はアレン・アイバーソンレイ・アレン、チャッキー・アトキンス、ケリー・キトルズ、オセラ・ハリントン等、後にNBA入りした選手を数多く擁していましたね。

その中の一人にティム・ダンカンがいました。

決勝は日本対アメリカ

決勝の相手はなんと日本代表でした。日本代表が決勝まで勝ち進むことが出来たのは未だに信じられません。

日本対アメリカの対戦が実現した時は本当に嬉しかったです。ただ、ユニバーシアード(大学生のオリンピック)なのでアメリカ代表もかなり本気でした。

日本相手にダンクを決めてガッツポーズをしたダンカンの姿が今でも鮮明に思い出されます。身長が211cmもありあれだけ動ける選手がいると言う事が信じられませんでした。もちろんアメリカが勝って金メダルを獲得しました。

ウェイクフォレスト大学出身

ダンカンはウェイクフォレスト大学時代に数ある賞を総なめにしました。

とにかくダンカンは大学時代から本当に凄かったです。

また、彼はアーリーエントリーする選手が多い中4年間しっかり大学に通っています。

大学に4年間しっかり通い基本を身に付けたのがNBAでの成功の鍵でした。

彼が着けていた背番号21番はウェイクフォレスト大学の永久欠番になってます。また2017年にはカレッジバスケットボールの殿堂入りをしました。

りとる・あいばーそん
ダンカンすげー

ビッグファンダメンタル

彼のプレーは基本に忠実なプレーが多い事からニックネームは「ビッグファンダメンタル」と呼ばれています。

地味で有名なダンカンですがニックネームもこれまためっちゃ地味w

そもそもニックネームに「基礎」って言うワードが入ってる時点でなんかもうねw

彼らしいと言えば彼らしい。

ダンカンは水泳をやっていた

ダンカンはこれだけ凄い選手にもかかわらずバスケットボールをはじめたのは14歳の時と意外と遅いです。

バスケットを始める前は水泳をやっておりオリンピック選手を目指していました。しかし、1989年に巨大ハリケーンがヴァージン諸島を襲いダンカンが練習していたプールが使用不能となり水泳への情熱を失ったのは有名な話です。

もし台風が来てなければ水泳でアメリカ代表になっていたかもしれません。

「めっちゃは速そうwww」

1997年NBAドラフト

ダンカンは1997年のNBAドラフトにおいて、1順目1位でサンアントニオ・スパーズから指名されます。ダンカンの1位指名はほぼ確実でした。

ドラフト前の彼の評価はかなり高かった!

ツインタワー結成

スパーズは当時スター選手のデビッド・ロビンソンを擁していました。そこにさらにダンカンという才能溢れるインサイドの選手が加わります。

二人はツインタワーを結成しました。

ダンカンとロビンソンのツインタワーはNBA史上最強と言っても過言ではありません。

タンク疑惑

運よく?ダンカンを指名できたスパーズですが、

当時スーパーズはダンカンを1位指名するためにわざと前のシーズンに負け越したのではないかという疑惑があがりました。

既にスーパースターのロビンソンを擁しておりプレーオフ常連チームだったスパーズですが、1996-1997年シーズンはロビンソンが怪我でほぼ出場することが出来ませんでした。

もちろんロビンソンの怪我の影響が大きかったんですが、その年のスパーズは20勝62敗の成績に終わります。

私はスーパーズの試合をテレビで見ましたが、レギュラーシーズンの最後のほうの試合は本当にひどいプレーを連発していました。

1位指名権を取るためにわざと負けていると疑われても仕方がありません。

まあ、ダンカン自身には何の非もありませんけどね。

りとる・あいばーそん
スパーズ怪しい

 

ルーキーイヤーから大活躍

NBAに入ったダンカンはルーキーイヤーから大活躍します。

ルーキーイヤーからオールNBAファーストチームに選出され、すぐにNBAの中でも特別な存在になりました。

ちなみにルーキーイヤーは平均21.1得点、11.9リバウンド、2.5ブロックの成績を残しています。

りとる・あいばーそん
ルーキーでこの数字は本当にすごい!

もちろん新人王を獲得しています。

スパーズでの主な経歴

ダンカンが入団する前のスパーズもかなりの強豪チームでしたが、ダンカンが入団したあとのスパーズはさらに強くなりました。ダンカンは19年間すべてのシーズンでプレーオフに出場しています。

スパーズでは5度のNBAチャンピオン(1999、2003、2005、2007、2014)になりました。

シーズンMVPには2回(2002、2003)、ファイナルMVPには3回(1999、2003、2005)輝いています。

彼が受賞した賞はまだまだいっぱいあるんですが、多すぎて書きませんでしたw

彼はまさにスパーズのフランチャイズプレーヤーです。

スパーズでキャリア平均19得点、10.8リバウンド、2.2ブロック、フィールドゴール成功率50.6パーセントの成績を残しています。

キャリア晩年のダンカンは成績が少し落ちましたが、全盛期のダンカンは本当に凄かった!

「キャリア平均でフィールドゴール成功率が50.6パーセントは本当に凄いっす」

もちろん背番号21番はスパーズの永久決番になりました。

りとる・あいばーそん
ダンカンは今後もずっと語り継がれる偉大な選手です。

必殺のバンクシュート

彼の得意技である「バンクシュート」は非常に地味でしたが、ほぼ誰も止めることができませんでした。ローポストでダンカンにボールをもたれたらバンクシュートで得点され相手ディフェンダーはなす術なしでしたね。

この破壊力は、マイケル・ジョーダンのフェイダウェイに匹敵するくらい凄かったです。

もしかしたらそれ以上かもしれません。

ダンカンはわたしが見た中でバンクシュートを一番極めている選手です。

 

1999年NBAファイナル、ミラクルニックスとの対戦

ダンカンは1999年のNBAファイナルに初出場します。

NBA2年目のシーズンでした。

相手は第8シードからイースタンカンファレンスを制したミラクルニックス。

マーカス・キャンビーラトレル・スプリーウェルラリー・ジョンソンアラン・ヒューストン等を擁したミラクルニックスのミラクルもダンカンとロビンソンのツインタワーの前にはなす術がありませんでした。

スパーズはダンカンの大活躍により1999年のNBAチャンピオンに輝きます。

この時ダンカンはファイナルMVPに輝きました。

「本当にこの時のダンカンは凄かった」

まさにアンストッパブルと言う言葉が相応しい選手でした。

ファイナル5試合での成績は平均27.4得点、14リバウンド、2.2ブロック、平均出場時間45.8分と堂々たるものでしたね。

「めっちゃ地味でしたけども」

成績は派手なんですけどねw

正直NBA2年目の選手がここまで活躍したことにびっくりしました。

BIG3結成

今では外国籍の選手が多いNBAですが、当時はまだ海外国籍の選手の評価があまり高くなかったため、スパーズはトニー・パーカーマヌ・ジノビリという素晴らしい選手をドラフトの低い順位で指名することが出来ました。

パーカーは1順目28位指名、ジノビリにいたっては2順目57位という順位でした。

「スパーズのスカウト有能すぎ」

ダンカン、ジノビリ、パーカーはビッグ3を形成し2003年、2005年、2007年、2014年と4度NBAチャンピオンになりました。

ダンカンはスパーズのBIG3の中で兄貴的存在でしたね。

 

ポポビッチと共に歩いた19年間

ダンカンは現役時代グレッグ・ポポビッチ以外の監督の下でプレーした事がありません。

ポポビッチは1996年から今現在(2018年2月)までスパーズのヘッドコーチをずっと続けています。1997年にダンカンが入団してから引退するまで、ダンカンのそばには常にポポビッチがいました。

信頼できるヘッドコーチがいたからこそダンカンは長きに渡りNBAで活躍出来たのだと思います。

ポポビッチとダンカンのように良好な関係がなければNBAチャンピオンに5度もなれません。

ダンカンとポポビッチの師弟コンビ最高でした!

NBA史上に残る名師弟コンビと言っても間違いないっすね。

BlackJack Speed Shop

2013年、ダンカンはテキサス州サンアントニオBlack Jack Speed Shopをオープンさせました。このショップは車やトラックのカスタマイズをしています。

「車派手っ、プレーは地味だけど!!」

車が趣味なんてかなり意外w

 

ダンカンのものまね

ダンカンで必ず語らないといけない案件がありまして、ELTの持田香織さんがダンカンのファンだと言うのは有名な話です。そして、持田香織さんはダンカンのものまねが滅茶苦茶うまいです。

あのデニス・ロッドマンも認めるほど上手w

最後に

私は大学時代のダンカンを生で見たことがあります。それから彼のファンになり、ずっと応援してきました。

なので2016年に引退した時は正直悲しかったです。

NBA史上に残る名選手のプレーを目に焼き付ける事が出来て本当によかった!

りとる・あいばーそん
ダンカン本当にありがとう。

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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