レジェンド

NBA歴代屈指の3ポイントシューター、レイ・アレン

投稿日:2018年7月5日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回は、レイ・アレンを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1975年7月20日

出身国:アメリカ

出身地:カリフォルニア州マーセド

ポジション:シューティングガード

ドラフト順位:1996年1順目5位

ドラフトチーム:ミネソタティンバーウルブス(バックスへトレード)

出身校:コネチカット大学

身長:196cm 体重:93kg

NBAデビュー:1996年11月1日

レイ・アレン

私がレイ・アレンをはじめて見たのは彼が大学生の時でした。

福岡でユニバーシアード(大学生のオリンピック)があり、その時アメリカ代表として来日しています。

最初彼を生で見た時はダボダボのユニフォームでちょっとおっかない人?

っていうイメージでした(汗)

実際は物凄く真面目な方ですね(笑)

私は彼が日本代表相手に決めたダンクシュートを今でも覚えています。

本当に凄かった!

NBAではスリーポイントシューターのイメージが強い彼ですが、日本に来た時は3ポイントシューターっていうイメージはあまり無く、ほとんどミドルシュートかカットインばかりしていました。

もちろん、レイ・アレンはアイバーソンティム・ダンカンとともにアメリカ代表を優勝に導いています。

よくよく考えるとこのアメリカ代表は本当にガチメンバーでしたね。

ちなみに、この時の日本のファンは日本じゃなくてほとんどアメリカのプレーが目当てで見に来てました。

何を隠そう私もその一人ですw

決勝の相手は日本↓

 

コネチカット大学時代

レイ・アレンはコネチカット大学ハスキーズで1993年から1996年まで3年間プレーしました。

1996年にはオールアメリカンのファーストチームに選出されています。

ちなみに他にはマーカス・キャンビー、トニー・デルク、ティム・ダンカン、アレン・アイバーソン、ケリー・キトルズが選出されています。

りとる・あいばーそん
めっちゃメンバー豪華!

また、アレンはビッグイーストカンファレンスのプレーヤーオブザイヤーに選出されました。

1995年と1996年にはビッグイーストのファーストチームに選出されています。

2018年の12月7日レイ・アレンが付けていた34番はコネチカット大学の永久欠番になりました。

さすがレイ・アレン!

ミルウォーキー・バックス時代

学生時代から有名だったレイ・アレンは1996年のNBAドラフトでミネソタ・ティンバーウルブスに指名されました。

※ドラフト直後に4位指名のステフォン・マーブリーとのトレードでミルウォーキーバックスへ入団しています。

バックス時代は高い身体能力とシュート力を生かして活躍しました。

スリーポイントシュートのイメージが強いけど、若い時のレイ・アレンはめちゃくちゃ身体能力が高かったし、ド派手なダンクも結構決めてましたね。

りとる・あいばーそん
スリーだけじゃないんですね、レイ様は。

シアトル・スーパーソニックス時代

レイ・アレンは2002-2003年シーズン途中にシアトル・スーパーソニックスへトレードで移籍しました。

バックス獲得
ゲイリー・ペイトン、デズモンド・メイソン
ソニックス獲得
レイ・アレン、ロナルド・マレー、ケビン・オーリー、条件付ドラフト1順目指名権

正直このトレードを知った時はびっくりしました。

レイ・アレンがソニックスに移籍すると言うことよりも、当時スーパースターだったペイトンがバックスに移籍したのが衝撃的でした。

「あのペイトンがっ」てな感じでしたね。

レイ・アレンのソニックス時代の成績↓

シーズン 平均得点 スリーポイント%
2002-03 24.5 35.1
2003-04 23.0 39.2
2004-05 23.9 37.6
2005-06 25.1 41.2
2006-07 26.4 37.2

こう見るとアレンのソニックス時代の平均得点すごいっすね!

ソニックスのユニフォームを着ているレイ・アレンかっこよかった。

ちなみにソニックス時代は2005年に一度だけしかプレーオフに出ていません。

ただその一回出たプレーオフでは平均26.5得点と大活躍しています。

ボストン・セルティックスへ移籍

レイ・アレンは2007年にトレードでボストン・セルティックスへ移籍します。

トレードの内訳↓

シアトル・スーパーソニックス獲得
デロンテ・ウエスト、ウォーリー・ザービアック、ジェフ・グリーン
ボストン・セルティックス獲得
レイ・アレン、グレン・デイビス

さらにセルティックスはこの年ケビン・ガーネットも獲得しました。

もともとセルティックスにはポール・ピアースという素晴らしい選手がいたんですが、そこにレイ・アレン、ガーネットが加入し一気にセルティックスは強豪チームへと変貌します。

ビッグ3

この3人は「ビッグ3」と呼ばれ当時話題になりました。

今のNBAではビッグ3は当たり前のように結成されますが、この3人がBIG3ブームを作ったと言ってもいいでしょう。

もちろん昔もビッグ3はありましたけどね。

この3人は本当にNBA史に残るビッグ3だと私は思います。

りとる・あいばーそん
まじすげー

名門セルティックス復活

セルティックスはかつては名門球団でしたが、80年代にラリー・バードケビン・マクへイルが所属していた時を最後に弱小球団に成り下がっていました。

正直私的には弱いセルティックスが長年続いたので少し寂しい気持ちもありました。

しかし、BIG3に率いられたセルティックスは見違えるように強くなりましたよ。

セルティックスは名門復活へ向けプレーオフを勝ち進みました。

2008年のイースタンカンファレンスファイナルではデトロイト・ピストンズに勝利しNBAファイナルへ進出します。NBAファイナルの相手はロサンゼルス・レイカーズでした。

2008年NBAファイナル

80年代はラリー・バード率いるセルティックスとマジック・ジョンソン率いるロサンゼルス・レイカーズはライバルで、NBAファイナルで何度も対戦しました。

しかし、セルティックス対レイカーズのNBAファイナルは1986年-1987年シーズンを最後にしばらく行われませんでした。

それから20年後、再びこの2チームによるファイナルが久しぶりに実現します。

緑のユニフォームとゴールドのユニフォームの対決は80年代にタイムスリップしたかのようでした。

 

往年のNBAファンはこのセルティックス対レイカーズの対戦に興奮しました。

結果はレイ・アレン、ケビン・ガーネット、ポール・ピアースの大活躍により下馬評を覆し、セルティックスが4勝2敗でNBAチャンピオンになりました。

レイ・アレンがいなければ名門セルティックスの復活はなかったでしょう。

私はセルティックス時代のレイ・アレンが1番好きです。

マイアミ・ヒートへ移籍

レイ・アレンはその後も優勝するためにセルティックスでプレーし続けますが、あと一歩のところで優勝できませんでした。

どうしても優勝したかったレイ・アレンはな・なんとライバルチームだったマイアミ・ヒートへ移籍します。

2012年のオフシーズンの事でした。

この移籍により「ビッグ3」の仲に亀裂が入ったのは言うまでもありません。

実際私も「なんでライバルチームに移籍?」と思いました。

私は当時アンチマイアミヒートでしたので、ヒート時代のレイ・アレンはあまり好きじゃなかったです。

りとる・あいばーそん
なんでヒート行くかな・・・

 

マイアミ・ヒート時代

ヒート移籍後のレイ・アレンは貴重なアウトサイドシューターとしてマイアミヒートの優勝に貢献します。

ヒート時代で1番印象的なプレーはやはり2013年のNBAファイナルでのプレーですね。

スパーズ応援してたので(涙)

このシュートがなあ・・・

なければなあ・・・

間違いなくスパーズ優勝してたんですよね・・・

 

多分レイ・アレンがいなかったらレブロンの優勝回数1回減ってたかもw

その後、レイ・アレンは2013-2014年シーズン終了後に引退しました。

私はヒート時代のアレンは嫌いだったけど、逆にそれ以外は大好きでした!

自分的にはセルティックスでもっと優勝して欲しかったですけどね。

主な経歴

NBAでの経歴は素晴らしく2000-2002年、2004年ー2009年、2011年にはNBAオールスターに出場。

2001年にはスリーポイントコンテスト優勝、2005年にオールNBAファーストチーム、2001年にはオールNBAサードチームに選出されています。

また2018年には殿堂入りしました。

映画に主演

アレンはラストゲームと言う映画にも準主演ででてました。

監督がスパイク・リーでデンゼル・ワシントン、ミラ・ジョヴォビッチも出てます。凄いメンバーですね。 ちなみに本当はアレン・アイバーソンやマーブリーにも声がかかっていたそうです。

この映画バスケ好きにはおすすめです!!

自伝を出版

レイ・アレンは自伝を出版しました。私もこの自伝を買いましたがまだ全部読めてません。

早く読まなければw

かなり興味深い内容が書かれていておもしろいですよ。

スリーポイント成功数で歴代1位

レイ・アレンは2019年2月現在、スリーポイント成功数がNBA歴代1位です。

本当に凄いことです。

それまで1位はレジー・ミラーが持っていた2,560本でした。

レジーの記録を抜いた時は「レジー・ミラー越えちゃったよ」と心の中で思いました。

私の中ではスリーポイントと言えばレジー・ミラーだったので、レイ・アレンがこの記録を打ち立てた時は本当にびっくりでした。

ちなみにアレンはスリーポイントを7,429本打って、2,973本決めています。キャリアの3ポイント成功率はちょうど4割。

りとる・あいばーそん
やっぱレイ・アレンはすごい!

学生時代のレイアレンを生で見れて本当によかった。

それではまた。

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

-レジェンド

Copyright© NBAレジェンド-過去から現在までのNBAをまとめるブログ , 2019 All Rights Reserved.