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ハリウッド・ハーパー、ロン・ハーパー

投稿日:2018年7月1日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回は、ロン・ハーパーを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1964年1月20日

出身国:アメリカ

出身地:オハイオ州デイトン

ポジション:ポイントガード/シューティングガード

ドラフト順位:1986年1順目8位

ドラフトチーム:クリーブランド・キャバリアーズ

出身校:マイアミ大学(オハイオ州)

身長:198cm 体重:95kg

NBAデビュー:1986年11月1日

NBA屈指の名わき役

ロン・ハーパーはNBA屈指の名脇役でした。

ブルズ時代とレイカーズ時代はジョーダンやコービー・ブライアントの影に隠れがちでしたが、本当に素晴らしいプレーをしていました。

ハーパー無くして2度目のシカゴ・ブルズのスリーピート、レイカーズのスリーピートは達成出来てなかったといっても過言ではありません。それ位いい選手です。

しかし、ハーパーは最初から脇役だったわけではありません。

キャバリアーズ時代や、クリッパーズ時代は点取り屋でした。身体能力が高くてダンクがかっこよかったです!

脇役になったのはブルズに移籍してからでしたね。

キャバリアーズ時代

ハーパーは1986年にNBAドラフト1順目8位でクリーブランド・キャバリアーズに入団します。

キャバリアーズでは高い身体能力を生かし1年目から大活躍しました。

ちなみに1年目から平均22.9得点を上げています。

りとる・あいばーそん
1年目から22.9得点は本当にすごい!

活躍が認められたハーパーは1987年のオールルーキーファーストチームに選出されています。また、新人王の投票ではインディアナ・ペイサーズのチャック・パーソンに次いで2位でした。

キャブス時代のスタッツ↓

シーズン 出場試合数 平均得点
1986-87 82 22.9
1987-88 52 15.4
1988-89 82 18.6
1989-1990 7 22.0

1年目からこれだけ得点とれる選手って本当に凄いと思う。

ロサンゼルス・クリッパーズへ移籍

ハーパーは1989年にロサンゼルス・クリッパーズに移籍します。

クリッパーズに移籍してからも相変わらず得点力は健在でしたが、クリッパーズ時代にひざを故障しています。ひざにサポーターをしていたのが印象的でした。

そういえば、キャブス時代もしてたな。

クリッパーズ時代のスタッツ↓
シーズン 出場試合数 平均得点
1989-90 28 23.0
1990-91 39 19.6
1991-92 82 18.2
1992-93 80 18.0
1994-95 75 20.1

クリッパーズ時代もあいかわらず、得点力がすごいっすね。

彼のハイライト動画↓

シカゴブルズと契約

ハーパーは1994年にシカゴ・ブルズと契約します。

当時のブルズは1992-1993年シーズン終了後、マイケル・ジョーダンが1度目の引退をしていました。

ブルズはチームの再建にあたり、ジョーダンの代わりになるガードポジションの選手を探していました。

そこでうってつけだったのがロン・ハーパーでしたね。

ジョーダンが復帰

1995年にジョーダン復帰後、ハーパーはジョーダンやピッペンの脇役としてプレーします。

ブルズでは特にディフェンスやミドルレンジのシュートで貢献しました。

得点はジョーダンとピッペンがいましたので、ブルズでは主にディフェンスで貢献しているイメージが強かったです。

もちろん、もともと点取り屋だったので、得点で貢献する場面も結構ありました。

ブルズではポイントガードでプレー

キャバリアーズ時代やクリッパーズ時代はシューティングガードでプレーしていましたが、ブルズではポイントガードを務めました。

ハーパーはポイントガードとしては198cmと大柄で、相手ポイントガードとのマッチアップではほとんどミスマッチを作り出す事が出来ました。

ハーパーの身長差を生かしたプレーはブルズにとって非常に大きかったです。

相手チームのポイントガードは本当に嫌だったでしょうね。

ハーパーにポイントガードをさせた当時のブルズのコーチ陣は本当に素晴らしい采配をしたと思います。

スリーピート

ハーパーは1996年、1997年、1998年とシカゴ・ブルズで3連覇を達成しました。

ジョーダン、ピッペン、ハーパー、ロッドマン、ロングリーと言うスターティングメンバーは本当に凄かった!

当時のシカゴブルズは本当にかっこよかったですね。

ジョーダンやピッペン、ロッドマンばかりが注目されがちですが、ハーパーの活躍も決して忘れてはいけません。

ブルズ時代のスタッツ↓

キャブス時代やクリッパーズ時代よりも平均得点はかなり下がりましたが、試合での存在感はかなりのものでした。

さすが、ハーパー。

シーズン 出場試合数 平均得点
1994-95 77 6.9
1995-96(NBAチャンピオン) 80 7.4
1996-97(NBAチャンピオン) 76 6.3
1997-98(NBAチャンピオン) 82 9.3
1998-99 35 11.2

ロサンゼルス・レイカーズと契約

1999年にハーパーはロサンゼルス・レイカーズと2年契約しました。

また、ブルズ時代のヘッドコーチだったフィル・ジャクソンも同じ年にレイカーズと契約しています。

フィル・ジャクソンはシカゴ・ブルズ時代と同様にトライアングルオフェンスを戦術として取り入れました。

ハーパーはレイカーズでもシカゴ・ブルズ時代と同様にポイントガードとして活躍します。

トライアングルオフェンスを理解しているハーパーはコービー・ブライアントやシャキール・オニールをサポートしていました。

やはりブルズ時代と同様にサイズで相手ポイントガードを上回れたので、ハーパーの存在は相手チームにとって非常に厄介でしたね。

ハーパーは2000年と2001年にレイカーズでNBAチャンピオンになりました。

りとる・あいばーそん
ハーパーとフィル・ジャクソン本当に凄かった!
レイカーズ時代のスタッツ
シーズン 出場試合数 平均得点
1999-00(NBAチャンピオン) 80 7.0
2000-01(NBAチャンピオン) 47 6.5

まとめ

ハーパーはどのチームでも常にチームの主力としてプレーしました。特にブルズ時代とレイカーズ時代は自分を犠牲にしてチームに貢献していた姿を今でも思い出します。

強豪チームには必ずと言っていいほどハーパーの様な名脇役がいます。

彼のような脇役無くして、ブルズ王朝やレイカーズ王朝は誕生しなかったでしょう。

ブルズで3回、レイカーズで2回チャンピオンになったハーパーは本当にNBAを代表する名脇役だったと思います。

あとですね、ハーパーはスキンヘッドでリストバンドの位置がジョーダンと一緒だったので、たまにジョーダンと見間違える事がありましたw

2017年には来日しています。

練習のほうが試合よりきつかったってw

ハーパー最高!

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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