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ホーレス・グラントはゴーグルが印象的な凄いパワーフォワード

投稿日:

りとる・あいばーそん
今回はホーレス・グラントを紹介するっす

プロフィール

誕生日:1965年7月4日

出身国:アメリカ

出身地:ジョージア州オーガスタ

ポジション:PF

ドラフト順位:1987年1順目10位

ドラフトチーム:シカゴブルズ

出身校:クレムゾン大学

身長:208cm 体重:111kg

ホーレス・グラントは凄い選手

ホーレス・グラントは本当に良いパワーフォワードの選手でした。得点力はそれほどありませんでしたが、リバウンドやゴール下でのディフェンスは本当に凄かったですし、自分の役割をしっかりとこなすタイプの選手でした。

エース級の選手ではなったですが、縁の下の力持ちと言う言葉がぴったりのプレーヤーでした。

「グラントは本当に頼りになる選手」

トレードマークはゴーグル

グラントのトレードマークと言えばゴーグルでした。当時アイガードをつけていた選手と言えばカリーム・アブドゥル・ジャバーくらいだったので、本当に個性的でした。

今までのNBA選手の中でもゴーグルをつけてプレーした選手と言うのはそんなにいないので、ゴーグルをしているNBA選手の代表的存在といっても過言ではありません。

ちなみにこのゴーグル度いりです。

今見るとかなりお洒落。しかもちゃんとチームカラーのゴーグルをつけてました。

「グラントお洒落すぎっ」

1987年NBAドラフト

ホーレス・グラントは1987年のNBAドラフトで1順目10位でシカゴブルズに入団しました。そして、このドラフトでブルズはグラントの戦友であるスコッティ・ピッペンも獲得しました。

シカゴブルズにとって後にチームの主力になる2人の有能な若手を獲得出来た実りあるドラフトでした。

「ブルズのスカウト陣有能すぎっ」

シカゴブルズ時代

シカゴブルズに入団したホーレス・グラントでしたが、パワーフォワードのポジションには既にジョーダンの用心棒ことチャールズ・オークリーがいました。

オークリーもめちゃくちゃ良い選手だったので、グラントはオークリーの控え選手としてキャリアをスタートさせました。

「やっぱこういう経験も必要」

ルーキーイヤーは平均22.6分プレーし、7.7得点、5.5リバウンドの成績を上げます。そしてグラントにとって転機が訪れます。有能なセンタープレーヤーが不足していたシカゴブルズはビル・カートライトとのトレードでチャールズ・オークリーをニューヨークニックスへ放出します。

このトレードによりグラントは若くしてシカゴブルズのスターティングメンバーに名を連ねました。2年目平均12得点、8.6リバウンド、3年目13.4得点、7.9リバウンドと順調に成長していきます。

グラントは主にリバウンドとゴール下でのディフェンスまたジョーダン、ピッペンに次ぐ3番目の得点源として大活躍しました。

「グラントはブルズになくてはならない存在に成長した」

シカゴブルズ3連覇

グラントはシカゴブルズで1991年から1993年までスリーピート(3連覇)を成し遂げました。当時のシカゴブルズにおけるホーレス・グラントの役割は本当に大きくて、グラントがいるのといないのとでは大違いでした。

グラントがいなければ3連覇を達成できてなかった可能性すらあります。

「それだけグラントは有能な選手」

ジョーダン、ピッペン、グラントのトリオは本当に凄かった。私はこの3人めちゃくちゃ好き。

ジョーダン引退時の1994年にはオールスターにも出場しました。

オーランド・マジックへ移籍

1994年にフリーエージェントになったグラントはオーランド・マジックへ移籍しました。

当時のマジックはシャキール・オニールアンファニー・ハーダウェイなど期待の若手がいるチームでした。しかし、マジックには優勝経験のあるベテラン選手が必要でした。

まさにホーレス・グラントはうってつけの選手でした。グラントの加入したオーランド・マジックは本当に強いチームになりました。

若かったシャックもグラントにアドバイスを求めるなどチームの兄貴分として大活躍しました。

グラントは1995年のカンファレンスセミファイナルで1度目の引退から復帰したマイケル・ジョーダン率いるシカゴブルズと対戦します。

グラントのいなくなったシカゴブルズは明らかにインサイドが手薄でした。逆にグラントの加入したマジックは本当に良いチームになりました。結果4勝2敗でシカゴブルズを倒します。

私は正直オーランドマジックのユニフォームを着たグラントが古巣のブルズを倒した時になんか複雑な気分になりました。なぜならば私はシカゴブルズの大ファンだったからです。もちろんグラントの事も大好きでした。

この時は私は思った「グラントがマジックじゃなくてブルズにいたらなー」ってね。そしたらブルズが勝ってたんじゃないかと。

その後、ファイナルまで勝ち進みましたが、惜しくもヒューストンロケッツに敗れました。しかし、グラントは本当に良い活躍をしたシーズンでした。

やっぱグラントは凄い!!

シアトル・スーパーソニックス時代

1999-2000年シーズン前にグラントはスーパーソニックスにトレードされました。めちゃくちゃソニックスのユニフォームがにあってました。今でも覚えとる。

しかしソニックスでは1年間しかプレーしませんでした。ソニックスでは平均8.1得点、7.8リバウンドでの成績でした。

ロサンゼルス・レイカーズ時代

2000-2001年シーズングラントはロサンゼルスレイカーズに加入しました。グラントはシカゴブルズ時代の恩師フィル・ジャクソンと共にレイカーズをNBAチャンピオンに導きました。

「我等がアイバーソン率いるシクサーズを倒してね(涙)」

正直ジャクソンとグラントの経験はレイカーズにとっては本当に大きなものになりました。グラントはレイカーズでベテランとしての役割を存分に発揮しました。特にシャックとのインサイドのコンビは凄かったです。

当時のグラントの価値はベテラン選手の中でも1番でした。なぜならば当時3連覇した経験を持っている選手なんてほとんどいなかったからです。

「グラントは本当に貴重なベテラン選手」

ベンチに座ってるだけでも存在感抜群でした。

グラントはこの優勝でブルズ時代を含め4度目の優勝になりました。その後、古巣のマジックで2年、さらにレイカーズで1年プレーして2004年に引退しました。

グラントは双子

グラントは双子です。弟のハーベイ・グラントもNBA選手でした。ハーベイ・グラントは1988年1順目12位でワシントン・ブレッツ(現ワシントンウィザーズ)に指名されます。1988年から1999年までNBAでプレーしました。

「グラントにそっくりです」

双子だから当たり前だけどね。双子でNBA選手ってすごいなーっていつも思ってました。しかもホーレスの甥っ子であるジェラミとジュリアンもNBA選手です。

「グラント家凄すぎっ」

最後に

グラントは90年代を代表する選手でしたし、なんと言ってもシカゴブルズ最初の3連覇の主力選手として本当に記憶に残る選手です。特にジョーダン、ピッペンの補佐役として最高の働きをました。

やはり強いチームには有能な脇役がいます。今現在のNBAでも必要とされるプレーヤーです。

「グラントはアイガードがかっこよすぎる有能なパワーフォワードだった」

私は本当に好きなプレーヤーのひとりでしたし、本当に楽しませてくれました。

「ありがとうグラント」

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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