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トレーシー・マグレディ(T-Mac)は得点力がめっちゃ高い選手!!

投稿日:2018年10月16日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回はトレーシー・マグレディを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1979年5月24日

出身国:アメリカ

出身地:フロリダ州バートウ

ポジション:SG/SF

ドラフト順位:1997年1順目9位

ドラフトチーム:トロント・ラプターズ

出身校:マウントジオン・クリスチャン・アカデミー高校

身長:203cm 体重:101kg

トレイシー・マグレディは身体能力が高い選手

トレイシー・マグレディは本当に身体能力が高い選手でした。その身体能力を活かしてNBAで大活躍しました。本当に彼のプレーは華がありましたし、単純に見ていて楽しいプレーヤーでした。あだ名はT-Macです。

「今日はどんなプレーを見せてくれるんだろう」

とわくわくさせてくれたのを今でも思い出します。

 

高校時代

高校時代のマグレディはバスケットボールと野球をプレーしていました。バスケットボールの腕前はもちろんですが野球の腕前も相当のものです。

彼はピッチャーをやっていましたが、なんと140キロの速球を投げることが出来ました。

「140キロって凄すぎる」

もはやプロレベル。

高校時代のマグレディーは本当に凄いプレーヤーでした。マクドナルドオールアメリカン、USAトゥデイ誌の年間最優秀選手、ノースカロライナ州のミスターバスケットボールに選出されています。

数々の実績を残したマグレディでしたが最初はNBAドラフトにアーリーエントリーせずにケンタッキー大学に入学する事を考えていました。

もしケンタッキー大学に進学していればジャマール・マグロワやナジール・モハメド、スコット・パジェットなどとチームメイトになっていました。ちなみにこの年ケンタッキーワイルドキャッツはNCAAファイナルに進出し優勝しています。

「優勝したんかいっwww」

マグレディがいたらもっと余裕だったでしょうね。

最終的にマグレディは大学に進学せずに、1997年のNBAドラフトにアーリーエントリーします。

1997年NBAドラフト

当時のNBAドラフトでは高校卒の将来有望な若手選手を青田買いすることが流行っていました。実際にはNBAで即戦力にはならない選手のほうが多かったです。そのような状況の中マグレディは1順目9位でトロントラプターズに指名されました。

当時のドラフトではけっこう話題になってましたね。ケビン・ガーネットコービー・ブライアントに続く大物高卒プレーヤーでした。

「なんか凄そうなのがいる」

トロントラプターズ時代

1年目のマグレディは平均18.4分プレーし、平均7得点、4.2リバウンド、1.5アシストの成績でした。やはり高卒の選手がいきなり活躍できるほどNBAは甘くありません。いくらマグレディほどの大物であってもです。

「NBAってやっぱり凄いリーグ」

2年目は平均9.3得点、5.7リバウンド、2.3アシストの成績でした。しかし、3年目のシーズンマグレディの才能が開花し始めました。平均15.4得点、6.3リバウンド、3.3アシスト、1.9ブロックの成績を残します。

ビンス・カーターとプレー

マグレディとビンス・カーターは従兄弟同士です。こんなの地球のどこ探してもなかなかいないでしょwww

当時の私はその事実を知った時「凄い一族だなぁ」と思いました。今後のトロント・ラプターズはこの2人がいる限り安泰とも思っていました。

彼等2人はマイケル・ジョーダンとスコッティ・ピッペンのようなコンビになれる可能性もあるように見えました。しかし、マグレディはトロントラプターズで3年間しかプレーしませんでした。

理由はビンス・カーターの2番手になりたくなかったからです。最近で言うとレブロンとカイリー・アービングのような関係に近いです。

カイリー・アービングがボストンセルティックスに移籍したのと同じ様に、マグレディーはチームのファーストオプションになる事を選びました。

2000年にフリーエージェントになっていた彼はオーランド・マジックと契約します。正直この移籍に私は衝撃を受けました。

「えっ!なんで?」

正直マグレディとカーターのコンビをもっと見たかったです。2人がずっと一緒にプレーしていればNBAチャンピオンも夢ではなかったと思います。

オーランド・マジック時代

オーランド・マジックに移籍したマグレディはめちゃくちゃ開花しました。

移籍1年目は平均26.8得点の成績を残します。ちなみにこの年マグレディはMIP(最も成長した選手に贈られる賞)を受賞しました。

2年目は平均25.6得点、3年目はなんと平均32.1得点(得点王)、4年目は平均28得点(得点王)の成績を残します。

マグレディは2003年と2004年に2年連続得点王に輝きました。この時のマグレディは本当に凄かったです。若くして2年連続得点王になりましたから本当に凄い選手が出てきたもんだなと思いました。ちなみにこの時まだ25歳です。

またマグレディはマジック時代にキャリアハイとなる62得点をあげています。

「62得点は凄いっ!!」

オールNBAファーストチームには2002年と2003年に選出されました。

マジック時代に出場したプレーオフでは3年連続平均30得点以上取りました。

この時のマグレディが全盛期だったのは間違いありません。

「マジック時代のマグレディは本当に凄かった」

しかし、マグレディはまたしても移籍することになります。

ヒューストン・ロケッツ時代

2004年にマグレディーとジュワン・ハワード、ティロン・ルー、リース・ゲインズはスティーブ・フランシス、カティーノ・モブリー、ケルビン・ケイトとのトレードでヒューストンロケッツに移籍しました。

当時のロケッツにはヤオ・ミンがいたので面白いコンビが結成されました。

マグレディとヤオ・ミンのコンビは本当にインパクト大でしたね。

そして、ロケッツ時代のマグレディのハイライトは2004-2005年シーズンの12月に出したプレーです。サンアントニオスパーズ戦の4クォーター残り35秒から1人で13得点しロケッツを勝利に導きました。

「このプレーは本当にすごい!!」

 

しかし、2008-2009年シーズン以降マグレディは怪我が目立つようになります。平均得点も徐々に下がりました。結果的には2010年にニューヨークニックスにトレードされます。

その後

マグレディは2010-2011年シーズンはデトロイトピストンズ、2011-2012年シーズンにはアトランタホークス、2013年にはサンアントニオスパーズでプレーしNBAから引退しました。

スパーズ時代はNBAファイナルにも出場しましたが惜しくもマイアミヒートに敗れてしまいました。

私はマグレディにチャンピオンになって欲しかったので本当に悔しかったです。

「チャンピオンリング取って欲しかったーー」

マグレディは本当に魅力的なプレーヤーでした。

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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