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ジェリー・スタックハウスはジョーダンも認めた選手。

投稿日:2018年10月13日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回はジェリー・スタックハウスを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1974年11月5日

出身国:アメリカ

出身地:ノースカロライナ州キンストン

ポジション:SG/SF

ドラフト順位:1995年1順目3位

ドラフトチーム:フィラデルフィアセブンティーシクサーズ

出身校:ノースカロライナ大学

身長:198cm 体重:99kg

ジェリー・スタックハウスは点取り屋

ジェリー・スタックハウスは本当にすごい選手でした。特に1対1の能力が高かったです。独特な構えからの1対1は本当に印象に残っています。

「この構えがかっこいいっ」

得点を取る能力に関してはNBAトップクラスだったといってもいいでしょう。特にピストンズ時代のスタックハウスは凄かったです。2000-2001年シーズンには1試合平均29.8得点を取りました。

「29.8得点は凄い!!」

スタックハウスは点取り屋という言葉がぴったりの選手です。キャリア晩年は物足りない数字でしたが、全盛期のスタックハウスはかなりの選手でした。NBAオールスターにも2度(2000、2001)出場しています。

「なんか魅力的なんですよね、スタックハウスって」

ノースカロライナ大学時代

スタックハウスは名門ノースカロライナ大学出身です。ノースカロライナ大学出身の選手というのは少なからずマイケル・ジョーダンと比べられる運命にあります。スタックハウスもその一人でした。

「ハードル高ぎ!!」

スタックハウスはジョーダン以来の超大物選手として大学時代から注目を浴びていました。

当時のチームメイトには後にNBA選手となるラシード・ウォレスやジェフ・マキニスなどがいました。

スタックハウスは2年生の時に平均19.2得点、8.2リバウンドの成績を残します。彼はノースカロライナ大学ターヒールズをNCAAファイナル4まで導きます。しかし、コーリス・ウィリアムソン率いるアーカンサス大学に敗れました。

その後スタックハウスはNBAドラフトにアーリーエントリーします。

「スタックハウスはノースカロライナ大学のユニフォームが本当にかっこよかった!!」

デューク大学戦↓スタックハウス&ウォレス凄すぎ!

 

1995年NBAドラフト

スタックハウスは1995年NBAドラフトで1順目3位でフィラデルフィアセブンティーシクサーズに指名されます。

また大学の同期だったラシード・ウォレスも1順目4位で指名されています。

スタックハウスは1順目3位指名でしかもノースカロライナ大学出身の選手だったのでマイケル・ジョーダンとまでは言いませんがかなり期待されていました。

「これは凄い選手になるかも!?」

ジョーダンも認める選手

ジョーダンは同じ大学の後輩であるスタックハウスの事を本当に評価していました。その証拠にジョーダンがウィザーズでプレーしていた時にリチャード・ハミルトンをピストンズへトレードしスタックハウスを獲得するよう圧力をかけたのは記憶に新しいです。

セブンティーシクサーズ時代

スタックハウスはルーキーイヤーに平均19.2得点、3.7リバウンド、3.9アシストを記録しました。

「いきなり19.2得点って凄い」

ただ、ジョーダンと比べられるのでかわいそうっちゃかわいそうでした。19.2得点でも十分すごいです。

スタックハウスが2年目のシーズンにシクサーズはアレン・アイバーソンを指名します。この2人で1試合平均44.2得点を記録しリーグでもトップクラスのデュオになりました。

しかし、このコンビはなが続きしませんでした。2人とも点取り屋タイプの選手だったのであまりケミストリーがよくありませんでした。結果スタックハウスはピストンズへトレードされました。

デトロイトピストンズ時代 

1997-1998年シーズンスタックハウスはデトロイトピストンズに移籍しました。ただ当時のピストンズにはグラント・ヒルがいたためスタックハウスはチームのセカンドオプションでした。

シクサーズ時代はアイバーソン、ピストンズ時代もグラント・ヒルというスーパースターがいたためチームのファーストオプションにはなれませんでした。

少し運が悪いといえば運が悪いですが、2000-2001年シーズンはグラントヒルがオーランド・マジックに移籍します。

念願のファーストオプションになったスタックハウスは1試合平均29.8得点を記録しました。

ルーキーイヤーからずっと期待し続けられていましたが、やっと期待に応えられたシーズンでした。私はルーキーイヤーから注目し続けていたスタックハウスが大活躍して本当に嬉しかったのを今でも思い出します。

「やっと来たー」

っていうような感じでした。

ワシントンウィザーズ時代

マイケル・ジョーダンが2度目の復帰をしたワシントンウィザーズはプレーオフ進出を目指していました。

ジョーダンの目標はNBAチャンピオンではなくチームをプレーオフに進出させる事でした。当時のウィザーズにはリチャード・ハミルトンがいましたが、ジョーダンはハミルトンよりもスタックハウスのように即戦力になる選手を求めていました。

結果的にはハミルトンとのトレードでスタックハウスはウィザーズに移籍します。私は、スタックハウスとマイケルジョーダンのノースカロライナコネクションには正直期待していました。

「ジョーダンとスタックハウスが一緒のチームって凄い」

ウィザーズ移籍後スタックハウスは平均21.5得点、4.1リバウンド、5.3アシストを記録します。しかし、惜しくもウィザーズはプレーオフには出れませんでした。

私はウィザーズを応援していたので本当に残念でした。当時ウィザーズの試合はマイケルジョーダンが復帰した事もありかなり放送されました。スタックハウスとジョーダンのコンビは本当に見ていて楽しかったです。

ウィザーズで2年目のシーズンスタックハウスは更なる活躍が期待されましたが、足の怪我により満足にプレーできませんでした。

「本当に残念」

マーベリックス時代

2004-2005年シーズンにはマーベリックスに移籍します。この頃のスタックハウスは既に全盛期を過ぎていました。また足の怪我もあり十分にプレーできていませんでした。マーベリックスでは主にシックスマンとしてプレーします。

「正直ちょっと寂しかった」

マーベリックスでは2009年まで5年間プレーしました。

その後はミルゥーキーバックス(2010)、マイアミ・ヒート(2011)、アトランタホークス(2012)ブルックリンネッツ(2013)に所属し引退しました。

 

グリズリーズのアシスタントコーチに就任

2018年からはメンフィスグリズリーズのアシスタントコーチに就任しました。2018年のグリズリーズといえば渡邊雄太選手が2way契約をした記念すべき年です。

是非ともスタックハウスアシスタントコーチには頑張ってもらって、渡邊選手を一流のNBA選手に育てて欲しいですね。

「スタックハウスさん渡邊雄太選手をよろしくお願いしますっ!!」

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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