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ロバート・オーリーは7つのチャンピオンリングを持つ男

投稿日:2018年10月12日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回はロバート・オーリーを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1970年8月25日

出身国:アメリカ

出身地:メリーランド州ハートフォード

ポジション:SF/PF

ドラフト順位:1992年1順目11位

ドラフトチーム:ヒューストンロケッツ

出身校:アラバマ大学

身長:208cm 体重:109kg

ロバート・オーリーはめちゃくちゃ勝負強い選手

ロバート・オーリーと言えばまず思い浮かぶのが「めちゃくちゃ勝負強い」と言う事です。第4クォーターにめっぽう強くオーリーのシュートで勝負が決まる試合も多々ありました。しかもカンファレンスファイナルとかファイナルの重要な場面でたくさん決めていました。

「オーリーさんすごいっす!」

味方だったら本当に心強い選手です。私は当時アンチレイカーズ(あくまで当時)だったのでレイカーズ時代のオーリーは本当にいやでした。逆にロケッツ時代のオーリーとスパーズ時代のオーリーはめちゃくちゃ好きでした。

また、オーリーは非常に身体能力が高く派手なダンクも決めることが出来ました。

「本当に有能な選手」

ただ、これだけ印象に残っている選手にもかかわらずオールスターにも出ていませんし、特に目立った賞もとっていません。

取った賞といえばルーキー時代にオールルーキーセカンドチームに選ばれただけです。

オーリーはNBAで16年間プレーし7回NBAチャンピオンに輝きました。あの神様マイケル・ジョーダンよりも多いんです。

7個のチャンピオンリングをもっている選手は1960年代のボストンセルティックスまで遡らないといけません。

チャンピオンリングを7つ持つと言う事はそれだけ稀なことであると言う事です。

「オーリー本当に凄い!!」

またオーリーは異なる3チーム(ロケッツ、レイカーズ、スパーズ)でNBAチャンピオンに輝いたNBAで2人目の選手です。ちなみにもう一人はジョン・サリーです。

キャリア平均では7得点、4.8リバウンド、2.1アシストをあげました。

「えっこれだけ?」

しかし、クラッチタイムにはこのスタッツの何倍もの働きをするのがオーリーと言う選手でした。あまりにビッグショットを決めるのでBIG SHOT LObと呼ばれていました。

アラバマ大学時代

大学時代は4度NCAAトーナメントに出場しています。また当時チームメイトにはラトレル・スプリーウェルがいました。

「オーリーとスプリーって強すぎ!!」

1992年NBAドラフト

オーリーは1992年のNBAドラフトで1順目11位でヒューストンロケッツに指名されました。また、同じドラフトで大学時代のチームメイトであるスプリーウェルも24位で指名されています。ちなみに1位はシャキール・オニールでした。

まさかオーリーが7個もチャンピオンリングを取ることになるとは誰も思っていなかったです。

ヒューストンロケッツ時代

オーリーは1994年と1995年のNBAファイナルでロケッツの2連覇に貢献しました。この時のオーリーの活躍は本当に凄かったです。

しかし、実はオーリーは1994年の2月にデトロイトピストンズにトレードされかけていました。

ロケッツはオーリーとマット・ブラードとの交換でピストンズからショーン・エリオットを獲得しようとしていました。

しかし、ショーン・エリオットがフィジカルテストでひっかかったため、このトレードは無しになりました。オーリー自身もこのトレードの失敗が自身のキャリアを救ったと発言しています。

「もしトレードされていたら1個もチャンピオンリング取れてなかったかもしれませんwww」

0個と7個では大違いですw

フェニックスサンズ時代

1996年にロバートオーリーはフェニックスサンズへトレードされました。このトレードはロケッツがチャールズ・バークレーを獲得するために行われたトレードです。ロケッツからはオーリー、サム・キャセール、マーク・ブライアントが放出されました。

しかし、移籍した先のサンズでオーリーは問題を起こしてしまいます。当時のへッドコーチだったダニー・エインジと口論になりエインジに向かってタオルを投げつけてしまいました。

この時のことはよく覚えていますし、NBAニュースでも大きく取り上げられました。

「投げちゃだめ」

タオルは投げるものではなく拭くものだからwww

この件が原因でオーリーはセドリック・セバロスと交換でロサンゼルスレイカーズにトレードに出されました。

レイカーズ「あざっす」

本当にレイカーズは得をしました。正直レイカーズに入って欲しくなかったですが。もう一度言いますが私は当時アンチレイカーズだったから。

ロサンゼルスレイカーズ時代

1997年にロサンゼルスレイカーズに加入したロバートオーリーはレイカーズにはなくてはならない存在になりました。

タオル事件がなければこのようなこのにはなってなかったはずですが。

ベンチからの出場でしたが、スターター並みの活躍をしました。2000年、2001年、2003年にはレイカーズの3連覇に貢献します。

「レイカーズのユニフォームが本当に似合ってた」

多分オーリーいなかったら3連覇出来てなかったです。

サンアントニオスパーズ時代

レイカーズで3連覇したあとオーリーはサンアントニオスパーズと契約しました。スパーズでは2005年と2007年に2度NBAチャンピオンになります。貴重な控え選手として大活躍しました。

特に2007年のNBAファイナルではレブロン・ジェームズ率いるクリーブランドキャバリアーズに格の違いをみせつけました。

オーリーの経験がスパーズにもたらしていた物は本当に大きかったですし、ベンチにいるだけでも本当に心強い選手でした。

オーリーはその後2008年までスパーズでプレーし引退しています。

最後に

クラッチタイムに強くチャンピオンリングを持っている選手と言えばマイケルジョーダンですが、オーリーもそれに近いくらいクラッチタイムに強い選手でした。

「お世辞抜きにオーリーは凄かった!!」

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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