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アキーム・オラジュワンはドリームシェイクが凄かった!!

投稿日:2018年6月10日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回はアキーム・オラジュワンを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1963年1月21日

出身国:ナイジェリア/アメリカ

出身地:ナイジェリアラゴス州ラゴス

ポジション:センター

ドラフト順位:1984年1順目1位

出身校:ヒューストン大学

ドラフトチーム:ヒューストン・ロケッツ

身長:213cm 体重:115kg

アキーム・オラジュワンはNBA史上に残る名センター

アキーム・オラジュワンはNBA史上で5本の指に入る名センターといっても過言ではありません。

オラジュワンはとにかくフットワークがめちゃくちゃよかったし、インサイドでの存在感が物凄かった。私が大好きな90年代のNBAを代表するセンタープレーヤーです。

オラジュワンは本当に凄いセンターでした!

 

最初はサッカーとハンドボールをしていた

オラジュワンはバスケットボールをプレーする前はなんとサッカーのゴールキーパーやハンドボールをしていました。

しかし、友人の勧めでバスケットボールと出会ったオラジュワンはバスケを始めました。

バスケットボールの虜になったオラジュワンはその後バスケ一筋になります。

バスケットボールとハンドボールは何か似たようなところがあるので、オラジュワンもすんなりとバスケになじめたのは想像に難くないですね。

ヒューストン大学時代大学

めきめきと実力を伸ばしたオラジュワンは強豪ヒューストン大学に入学します。

ヒューストン大学ではクライド・ドレクスラーとチームメイトになりました。

この時のヒューストン大学の選手たちは「ファイ・スラマ・ジャマ」と呼ばれていました。オラジュワンやドレクスラーなどを筆頭に派手なダンクや速攻で一世を風靡します。ストリートバスケの要素も満載でした。

そんなファイ・スラマ・ジャマですが、1982年のNCAAトーナメントでは準決勝でノースカロライナ大学と対戦しています。

ヒューストン大学には新人のオラジュワン、2年生だったドレクスラー、ノースカロライナ大学には新人のマイケル・ジョーダン、2年生のサム・パーキンス、3年生のジェームズ・ウォージーがいました。

りとる・あいばーそん
メンバー豪華すぎ!

試合は惜しくもヒューストン大学が63対68で敗れましたが、マイケル・ジョーダン率いるノースカロライナ大学を苦しめました。

また翌1983年にオラジュワンはNCAAファイナルに進出しました。惜しくもノースカロライナステートに52対54で敗れています。

敗れはしましたがオラジュワンはNCAAトーナメントの最優秀選手に選ばれました。

さらに翌年もヒューストン大学は2年連続でNCAAファイナルに進出します。

相手はパトリック・ユーイング率いるジョージタウン大学でした。のちにNBAファイナルで対戦する事になる2人ですが、この時はヒューストン大学が75対84で敗れています。

いやーしかし凄いメンバーだらけですねー。

1984年NBAドラフト

オラジュワンは1984年のNBAドラフトにおいて1順目1位でヒューストン・ロケッツに指名されました。

このドラフトはNBAの歴史の中でもかなり有名なドラフトです。

なぜならばアキーム・オラジュワンをはじめマイケル・ジョーダン、チャールズ・バークレージョン・ストックトンなど数多くのレジェンド達が指名されたからです。

その中でも1番評価が高かったのがオラジュワンでした。

あのマイケル・ジョーダンよりも上ってめっちゃ凄い。

ツインタワー結成

ヒューストンロケッツに加入後は、既にロケッツのセンターとして活躍していた223cmの長身センターラルフ・サンプソンと「ツインタワー」を結成しました。

このツインタワーは強烈でNBA2年目にしてオラジュワンはNBAファイナルへ進出します。

オラジュワンとサンプソンのツインタワーはかなり有名ですよっ。

1986年NBAファイナル

NBAファイナルに進出したオラジュワンでしたが、惜しくもラリー・バード率いる名門ボストン・セルティックスに2勝4敗で敗れました。

ちなみにオラジュワンはこのファイナルで平均24.7得点、11.8リバウンド、3.2ブロックの成績を残しています。

2年目なのにめっちゃ凄い!

ドリームシェイク

オラジュワンで有名だったのが「ドリーム・シェイク」です。長身選手に似つかわしくないフットワークやフェイク、器用なシュートで相手を翻弄しました。

本当に凄いプレーでした!

あのシャキール・オニールも止めれなかったくらい凄いです。

ドリームシェイク好きだったなぁ。本当にすごいっす↓

オラジュワンはディフェンスも凄い

オラジュワンはオフェンスだけでなくショットブロックも凄いです。1993年には平均4.17本という数字を残しました。

1試合4本のブロックは本当にやばい!

ブロック王には1990年、1991年、1993年に3回なりました。

また、1989年と1990年にはリバウンド王にもなっています。

ディフェンシブプレーヤオブザイヤーには1993年と1994年に選出されました。

マジで凄いですオラジュワン!

クワドラプルダブルを達成

オラジュワンはクワドラプルダブルを達成した事がある数少ない選手のうちの一人です。

1990年3月29日のミルウォーキーバック戦で18得点、16リバウンド、10アシスト、11ブロックを記録しました。

この記録はNBA史上4人しか達成できていません。

ちなみにクワドラプルダブルとは4つの項目全てで2桁を記録する事です。

りとる・あいばーそん
オラジュワンはやっぱ偉大なセンターっすね。

1994年NBAファイナル

アキーム・オラジュワンは1994年のNBAファイナルに進出します。相手はニューヨーク・ニックスでした。

ニックスには大学時代からのライバル、パトリックユーイングがいました。大学時代はユーイングに負けましたが、1993年のNBAファイナルでは大学時代の借りを返します。

見事ニックスを倒したオラジュワンはファイナルMVPを獲得しました。

オラジュワン対ユーイングの対決は本当に凄かった!

1995年もNBAファイナルに出場

オラジュワンは2年連続でNBAファイナルに進出します。 相手はシャキール・オニールやアンファニー・ハーダウェイ率いる新進気鋭のチームだったオーランドマジックでした。

オラジュワン対オニールと言う当時のNBAを代表するセンター同士の戦いはかなり話題になりました。

オニールはNBA史上最高のセンターと言っても過言ではありませんが、この年はオラジュワンがシャックを翻弄します。4勝0敗でロケッツを2連覇に導きました。

 オラジュワンは2年連続でファイナルMVPを獲得します。シャックもまったく歯が立ちませんでした。

この年はシーズンMVPも獲得したし、オラジュワンの全盛期といっていいでしょう。

オラジュワン対ジョーダンが見たかった

1993年にジョーダンが1度目の引退をしました。もし引退していなければ1994年と1995年のNBAファイナルはロケッツ対ブルズの対決になっていた可能性が高かったです(おそらく)

オラジュワン対ジョーダンの対決はNBAファイナルの舞台でも是非見たかったですね。

りとる・あいばーそん
どちらが勝つか想像しただけでも本当に楽しい!

ドリームチームⅢ

オラジュワンは1996年にはドリームチームⅢのメンバーとしてアトランタ五輪で金メダルを獲得しました。

最初はナイジェリア国籍だったのでアメリカ代表としてオリンピックでプレーしたのはこの大会が初めてです。

最後に

私はオラジュワンほどフットワークがいいセンターはいまだかつて見たことがありません。インサイドの支配力はNBA史上トップクラスです。

NBAの偉大な50人にも選ばれていますし、オールスターには12回も出ました。もちろん背番号34番はロケッツの永久欠番になっています。

キャリア平均では21.8得点、11.1リバウンド、2.5アシスト、1.7スティール、3.1ブロックの成績を残しました。

最後の1年だけトロント・ラプターズでプレーしましたが、全然ユニフォームが似合ってなかったのが記憶に残っています。

オラジュワンはNBA史上最強のセンターといっていい位本当に偉大なセンターでした。

誰がNBA史上最強のセンターなのか聞かれたら私はすぐにオラジュワンの名前が出てきます(シャックとジャバー、チェンバレンも)

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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