レジェンド

カール・マローンは歴史に名を残す名パワーフォワード

投稿日:2018年6月2日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回はメールマンことカール・マローンを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1963年7月24日

出身国:アメリカ

出身地:ルイジアナ州サマーフィールド

ポジション:パワーフォワード

ドラフト順位:1985年1順目13位

出身校:ルイジアナ工科大学

ドラフトチーム:ユタジャズ

身長:206cm 体重:120kg

カール・マローンは歴史に残る名選手。

カール・マローンは歴史に残る名パワーフォワードです。特に点を取る事が得意な選手でした。キャリア平均で25得点を記録しました。

「平均25得点という数字は本当に凄い数字」

しかもリバウンドは平均10.1リバウンドです。キャリア平均がダブルダブルという選手はなかなかいません。

また、キャリア通算36,928得点は今までのNBAの歴史の中で2位の成績です。あのジョーダンやコービー・ブライアントよりも多い数字です。

「まさにレジェンド」

ちなみに1位はカリーム・アブドゥル・ジャバー

で、いつも言われるのがこれだけ凄い選手なのにチャンピオンリングを持っていないと言う事。

ジャズ時代に出場したファイナルの相手が神様マイケル・ジョーダン率いるシカゴブルズだったのが運が悪いですね。ブルズ以外のチームと対戦していれば間違いなく勝てたでしょう。

「相手が悪かったとしか言いようがない」

ただ、マローンはオールNBAファーストチームに11回も選出されています。この記録は本当に凄い記録ですし、今までのNBAの歴史上2番目に多い記録です。

「チャンピオンリング持ってないのが本当に不思議」

大学時代

マローンはルイジアナ工科大学に入学しました。理由は家から近かったからです。マローンは大学時代に大活躍し1985年にチームをNCAAトーナメントに導いています。

ルイジアナ工科大学にとっては始めてのNCAAトーナメント進出でした。この時スウィート16まで勝ち残りました。

1985年NBAドラフト

マローンは1985年1順目13位でユタ・ジャズに指名されました。

意外とドラフト指名順位は低かったんです。10位以下の選手でここまで成功する選手はなかなかいません。

13位じゃなくて3位指名の間違えじゃないかと思うくらいです。

ただ、マローンはルーキーイヤーから大活躍しドラフト指名の低さが間違っていた事を証明しました。1年目から14.9得点、8.9リバウンドの成績を残し、1986年のオールルーキーチームに選ばれています。新人王の投票では3位でした。

マローンのニックネーム

ニックネームは「メールマン」です。日本語に訳すと郵便配達員ですね。郵便配達員のように確実にボールをゴールまで運ぶ所から名付けられました。

マローンが郵便局員と呼ばれていたので相棒のジョン・ストックトンは郵便局長と呼ばれていました。NBA史上に残る名コンビです。

「この2人のコンビはお世辞抜きにすごかった」

マローンの独特なダンクシュート

マローンで印象的だったのは独特なダンクシュートです。

左手を首の後ろに添えてそのままダンクシュートしてたんですが、非常にユニークなダンクでした。

「これぞマローンって言うダンクでした」

 

ボディビルダーの様な肉体

マローンといえば筋肉隆々で、当時のNBAでもトップクラスでした。マローンよりも筋肉が凄かったのって、シャキール・オニールだけでした。特にマローンは腕の太さが異常に太かったです。

「足が腕についてるんじゃないかと思うくらい太いwww」

本当にボディービルダーの様でした。「俺がトレーニングをしていない時に他の誰かが俺を倒そうとトレーニングをしている、だから俺は常にトレーニングをするんだ」って言ってましたね。

「本当にマローンの筋肉はすごかった」

マローンはこの鋼のような肉体でNBAで19シーズンもプレーしました。レギュラーシーズンには1476試合出場し、プレーオフでは193試合もプレーしています。しかも1471試合でスタメンで出場しました。

「すごすぎっ」

また相棒のストックトンとはジャズで1412試合一緒にプレーしました。これは2人の選手が一緒のチームでプレーした最多試合数になります(2019年現在)

数字から言ってもNBA史上最高のコンビといっても過言ではありません。

今現在はすぐにスター選手が移籍してしまうので、今後この記録はなかなか塗り替えるのは難しいでしょう。

「やっぱりストックトン&マローンは最高のコンビ」

フリースローの時に何かつぶやく

マローンはフリースローの時になんかつぶやいていました。

本人曰くなんかいろいろなことをつぶやいていたそうです。 別に決まったことをつぶやいていた訳ではないとのことです。

私はいつもマローンがなんか呟いているのをみて変わったルーティンだなぁと思っていました。

ただですねフリースローの確率普通。

キャリア平均74.2パーセントです。

しかし、マローンはフリースローに関してNBA記録を持っています。13,188回フリースローを打ち、9,787本決めました。マローンはNBAで最もフリースローを打ち、最もフリースローを決めた選手です(2019年現在)

りとる・あいばーそん
めっちゃ呟いとるやんw

 

ドリームチーム1、ドリームチーム3に選出

マローンは1992年にバルセロナオリンピックに出場して金メダルを獲得しています。

あの有名なドリームチーム1のメンバーです。このオリンピックでもマローンとストックトンのコンビは輝いていました。

また1996年にもアメリカ代表としてオリンピックで金メダルを獲得しました。

2年連続NBAファイナル進出

1997年と1998年にはNBAファイナルに進出しシカゴブルズと対戦しましたが、惜しくも優勝することは出来きませんでした。しかし、マローン自身は平均ダブルダブルの成績を残しましたし、本当にチームを引っ張っていました。

ロッドマンとの競り合いが面白かったのは私だけでしょうか?なぜかこのシーンが1番印象に残っていますwww

「ロッドマンうける」

 

優勝を求めレイカーズへ移籍

2003-2004シーズンにはチャンピオンリングを求めてシャックやコービー・ブライアントのいたレイカーズへ移籍。

ゲイリー・ペイトン、マローン、シャック、コービーと凄いメンバーが揃いました。

レイカーズのメンバーを見て確実にチャンピオンになれるだろうと私は思いましたが、リチャード・ハミルトンやチャンシー・ビラップス率いるデトロイトピストンズに敗れチャンピオンリング獲得には至りませんでした。

マローンはチャンピオンリングは持っていませんが本当に凄い選手です。

「チャンピオンリングとって欲しかった(涙)」

引退後

もしかしたら引退後、本当に郵便配達員をしているかも知れませんよ、明日あなたの家に手紙を届けに来るかも知れません(笑)

マローンの主な経歴

レギュラーシーズンMVP(1997、1999)

NBAオールスター(1988-1998、2000-2002)

NBAオールスターMVP(1989、1993年はストックトンと同時受賞)

オールNBAファーストチーム(1989-1999)

オールNBAセカンドチーム(1988、2000)

オールNBAサードチーム(2001)

NBAオールディフェンシブファーストチーム(1997-1999)

NBAオールディフェンシブセカンドチーム(1988)

NBAオールルーキーチーム(1986)

ユタジャズ永久決番32番

NBAの偉大な50人に選出

マローンの経歴すごすぎ!!ちなみに私はマローンがNBA史上最高のパワーフォワードだと思ってます。

(歴代最高は言い過ぎたかもwでもトップ5に入りますね)

リアルタイムで見れて本当によかった!!

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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