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空飛ぶ冷蔵庫、チャールズ・バークレー 

投稿日:2018年5月25日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回はチャールズ・バークレー(バークリー)を紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1963年2月20日

出身国:アメリカ

出身地:アラバマ州リーズ

ポジション:パワーフォワード

ドラフト順位:1985年1巡目5位

ドラフトチーム:フィラデルフィア・セブンディーシクサーズ

出身校:オーバーン大学

身長:198cm 体重:120kg

NBAデビュー:1984年10月26日

NBA屈指のパワーフォワード、チャールズ・バークレー

チャールズ・バークレーはNBA屈指のパワーフォワードとして大活躍した選手。

りとる・あいばーそん
それはそれはかっこよかった。

強烈なダンクはマジで凄かったです。

それと、性格が物凄くひょうきん。なので、バークレーめちゃくちゃ人気がありました。

あと、当時のバークレーは真面目とは間逆。自分で「俺はロールモデルじゃねぇ」とかって言うくらい強烈なキャラでしたね。

しかし、バスケの実力はNBAトップクラス。ジョーダンと共に当時のNBA人気を担いました。

りとる・あいばーそん
バークレーめちゃくちゃ好き

バークレーのあだ名と呼び方

なんとあだ名が「空飛ぶ冷蔵庫」(笑)英語で言えば「フライングリフリジレイター」。

冷蔵庫のような大きな巨体で宙を舞う事からこのあだ名になりました。

最初このあだ名を知ったとき、「やべーあだ名の選手がいるもんだなぁ」と思ったものです。

りとる・あいばーそん
このニックネームつけた人って本当にセンスがいいっすね

他にもあだ名がいっぱいあるので自分なりに訳してみます。

ラウンド・マウンド・オブ・リバウンド→リバウンドに群がる小さな丘

サー・チャールズ→チャールズ卿

プリンス・オブ・ピザ→ピザ王子

ブレッド・トラック→パンを売ってるトラック

グッドタイムブリンプ→快楽を追う飛行船

クリスコキッド→クリスコ少年。

りとる・あいばーそん
食べ物のあだな多い

あと、日本ではチャールズバークレーと呼ばれていますが、本人曰くチャールズ・バークリーが正しいそうです。「俺は日本ではチャールズ・バークレーなんだ」と日本に来た時に言っていました。

りとる・あいばーそん
クリスコ少年w

バークレーが出てた豚キムチのCM

日本では豚キムチ(カップラーメン)の宣伝で起用されたりと、そのキャラクターも相当のものでした。

ちなみに何度かNGを出していますが、豚キムチが言えずに「豚チムキー」や「豚チムーキ」と連呼していました。
バークレーと食べ物の組み合わせは鬼に金棒ですねw

りとる・あいばーそん
確かにバークレーはなんか食べ物のイメージある。

このCM好きやったなー

1984年のNBAドラフト

バークレーは1984年のNBAドラフトに於いて、1順目5位でフィラデルフィア・セブンティーシクサーズに指名されました。

このドラフトでは、オラジュワンやジョーダン、ストックトンなど、後のNBAを盛り上げる選手が多く指名されています。

もちろんバークレーもそのうちの1人。

ちなみにジョーダンとは同じ年に生まれていて、誕生日は3日違いです。

りとる・あいばーそん
親友であり、戦友であり、ライバルでもあった。

バークレーのプレースタイル

パワフルでスピードも速くて、インサイドでもアウトサイドでもプレーできる非常に素晴らしい選手でした。

りとる・あいばーそん
今で言うストレッチ4的な感じ。

また、その類まれなる体格をいかし、リバウンドもめちゃくちゃ強かったです(1987年にはリバウンド王にも輝いています)とにかく彼はパワフルでしたし、背の高い選手との身長差をパワーと瞬発力で上回っていました。

私の中で印象に残っているのは、ペイント付近でディフェンスを背にしてゴリゴリとバックダウンで押し込んで行くバークレー。パワーフォワードとしては身長が低かったですけど、体格差は全く感じませんでした。

相手がダブルチームに来るとアシスト、来なければ自分で攻めて行くシーンは未だに思い出します。

それと、バークレーはインサイドの選手としてはかなり機敏に動けたのでそこが彼の強みでしたね。

ドリームチーム1と3のメンバーに選出

1992年に開催されたバルセロナオリンピックにドリームチーム1のメンバーとして出場しました。ジョーダンやスコッティ・ピッペンとのコンビは本当に凄かったです。

オリンピックでは得点王に輝きました!

彼がオリンピックの時に履いていたエアフォース180Loと言うバッシュは大人気。マジックテープ付きのかっこいいバッシュでした。

りとる・あいばーそん
めっちゃ懐かしい!

あとドリームチーム3(アトランタオリンピック)のメンバーにも選ばれましたが、この時はどちらかと言うとベテラン枠としての出場でした。

もちろんどちらの大会も金メダルを獲得しています。

りとる・あいばーそん
オリンピックでも相変わらず悪童ぶりを発揮してた!

フェニックス・サンズへ移籍

1984年から1992年まではドラフトされたフィラデルフィア・セブンティーシクサーズでプレーしていましたが、1992年に優勝したいとの思いでフェニックスサンズへ移籍しました。

移籍したサンズではケビン・ジョンソンダン・マーリー、ダニー・エインジ、セドリック・セバロス、リチャード・デュマス等と共に強豪チームを結成。

その年、サンズはレギュラーシーズンを62勝10敗で終え、NBAファイナルへ進出しました。大活躍したバークレーはシーズンMVPに選ばれています。

りとる・あいばーそん
正直この時のバークレーはかっこよすぎた!

NBAファイナルではマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズに2勝4敗で敗れはしましたが、バークレー対ジョーダンと言うその当時の2大スターの対決は非常に見ごたえのあるものでした。

私は敗れたあとのバークレーの表情が今でも印象に残ってます。本当に悔しそうでしたね。

バークレーはその後もサンズでプレーオフには出てましたが、優勝する事は出来ませんでした。

ヒューストンロケッツへ移籍

バークレーはチャンピオンリングを求めて当時強豪チームだったヒューストンロケッツに移籍します。

りとる・あいばーそん
1997-1998年シーズンのロケッツはオラジュワン、ドレクスラー、バークレーの3人がいて本当にインパクトが強かった。

また、ドレクスラー引退後の1998-1999年シーズンにはロケッツにスコッティ・ピッペンが加入。

バークレー、ピッペン、オラジュワンこのメンバー揃った時、正直

りとる・あいばーそん
やべー

と思いましたね。ピッペンと言うスーパースターが加入し、バークレーはロケッツで優勝出来るかと思いましたが、残念ながら優勝する事は出来ませんでした。

あとロケッツ時代のバークレーは明らかに太ってましたね。動きもサンズ時代ほどの動きは出来てませんでした。

りとる・あいばーそん
さすが快楽を追う飛行船

練習してなくてピッペンと不仲になったこともあります。

怪我で引退

1999年シーズンの途中バークレーはフィラデルフィア・セブンティーシクサーズ戦で左ひざの腱を断裂します。全治6週間でした。チームメイトなどに肩を担がれてコートから退場したシーンは本当に衝撃的でしたね。

バークレーはそのシーズン限りでNBA引退を表明しました。

りとる・あいばーそん
彼は優勝は出来ませんでしたが、NBA史上に名を残す名プレーヤーなのは間違いないっす

バークレーの主な実績

1993年シーズンMVP

1987年リバウンド王

1987-1997年までNBAオールスターに出場(1991年にはMVP獲得)

オールNBAファーストチーム(1988-1991、1993)

NBAの偉大な50人に選出

フィラデルフィアセブンティーシクサーズで着用していた34番とフェニックスサンズで使用した34番は永久欠番になりました。

りとる・あいばーそん
サーチャールズ最高!

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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