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ベン・ウォレスはディフェンスとリバウンドがめちゃくちゃスゴイ選手!!

投稿日:2018年10月23日 更新日:

りとる・あいばーそん
今回はベン・ウォレスを紹介するっす!

プロフィール

誕生日:1974年9月10日

出身国:アメリカ

出身地:アラバマ州ホワイトホール

ポジション:C

ドラフト順位:ドラフト外

ドラフトチーム:なし

出身校:バージニア・ユニオン大学

身長:206cm 体重:110kg

ベン・ウォレスはめっちゃディフェンシブな選手

ベン・ウォレスは本当にディフェンスとリバウンドがすごい選手でした。インサイドでは本当に頼りがいがある選手です。

オフェンスに関してはシュートレンジがあまり広くなかったので、活躍はインサイドのプレーのみでした。しかもフリースローはめっちゃ下手wwwキャリア平均41.4パーセントしかありませんwww

しかし、ベン・ウォレスはディフェンスとリバウンドだけでチームを勝利に導くことが出来るスーパースターでした。私の好きなタイプのプレーヤーです。

ディフェンシブプレーヤーオブザイヤーにはなんと4回(2002、2003、2005、2006)も輝いています。

これはディケンベ・ムトンボと並びNBA歴代トップの記録です。また、2002年と2003年にはリバウンド王、2002年にはブロック王になりました。

NBAディフェンシブファーストチームに5回(2002-2006)、セカンドチームに1回(2007)選ばれています。

2018-2019年シーズン現在ではデトロイトピストンズで一番ブロックを決めている選手です。ピストンズ時代に通算1486ブロックを決めています。

「ウォレスすごすぎ!!」

逆に平均得点はキャリア17シーズンで二桁得点を取った事がありません。1番得点を取ったシーズンですら平均9.7得点です。キャリア平均ではたったの5点です。

「NBAの良いところはウォレスのように一芸に秀でた選手ならばちゃんと活躍の場があるところ」

オールスターには2003年から2006年まで4年連続選ばれました。

ある意味ディフェンスだけで4回も出たのは快挙と思う。あのロッドマンでさえ2回です。

しかも2003年のオールスターではドラフト外の選手がスターターを務めるという快挙も達成しました。これはNBA史上初の出来事でした。ドラフト外からオールスターのスタメンは本当にすごいです。

「私はやっぱりウォレス大好きです」

大学時代

ウォレスは最初クヤホガコミュニティーカレッジに2年間通っていました。その後バスケットボールのキャンプでマイケル・ジョーダンの用心棒ことチャールズ・オークリーの目に留まります。

オークリーは自身の母校であるバージニアユニオン大学にウォレスを推薦しました。

バージニアユニオン大学に転校したウォレスは大学4年生までプレーしましたが、NBAのチームからドラフトされることはありませんでした。

「これ有名」

その後イタリアのチームのトライアウトに参加したりしています。

ドラフト外でワシントンブレッツに

1996-1997年シーズンにウォレスはワシントン・ブレッツにドラフト外で入団します。

1年目の成績は平均5.8分プレーし1.1得点、1.7リバウンドの成績でした。正直ワシントン時代のウォレスはほとんど印象に残っていません。

その後ウォレスは1990-2000年シーズンにオーランドマジックに移籍します。この時のウォレスも全盛期のような活躍はしていませんでした。印象的にはリバウンドが良い選手だなぁといった程度です。

「正直このあと覚醒するなんて思っても見なかった」

デトロイトピストンズ時代

2000-2001年シーズンにウォレスはチームメートのチャッキー・アトキンスと共にトレードでデトロイトピストンズに移籍しました。トレード相手はグラント・ヒルでした。

ここからウォレスがいきなり大活躍し始めました。

ウォレスは移籍1年目に平均13.2リバウンドを取りました。2年目には平均13リバウンド、3年目にはキャリア最高の平均15.4リバウンドをとっています。

「まさにロッドマンの再来」

この頃になるとウォレスはNBAでも有名な選手になっていました。地道な努力が報われて本当によかったと思います。またそれを見抜いていたジョー・デュマースもすごい。

シャックやダンカンのシュートをブロックできる選手なんてそうはいないですが、ウォレスは普通にブロックしていました。

「ウォレスすごい!!」

2004年NBAチャンピオン

当時の球団社長であるジョー・デュマースが本当に素晴らしいチームを作り上げました。

その時のデトロイトピストンズにはリチャード・ハミルトン、チャンシー・ビラップス、ラシード・ウォレス、テイショーン・プリンス、リンジー・ハンター、エルデン・キャンベル、コーリス・ウィリアムソンなど本当に良い選手が揃いました。

ウォレスはピストンズの中心選手として大活躍します。バッドボーイズが大好きだった私にとってはまさに

「バッドボーイズ再来!!」

っていう感じで本当に嬉しかったです。ウォレスは1980年代後半の最強だったバッドボーイズを髣髴とさせる選手でした。

このシーズンのピストンズはNBAファイナルに進出し、ロサンゼルス・レイカーズと対戦しました。

まさに80年代にタイムスリップしたかのようでした。この2チームのファイナルでの対戦は1988-1989年シーズン以来の対戦でした。青のユニフォームと黄色のユニフォームがNBAファイナルで戦っているのを見るだけで幸せでした。

「本当にこの2チームの対戦は面白かった!」

このブログでは何回か書きましたが私は当時アンチレイカーズだったので、このファイナルはデトロイトピストンズをめちゃくちゃ応援しましたwww

レイカーズにはコービー・ブライアントシャキール・オニールゲイリー・ペイトンカール・マローンがいました。どう考えてもピストンズが不利。

しかし、結果はピストンズが下馬評を覆し、4勝1敗でNBAチャンピオンになりました。

「本当に嬉しかった!!」

ウォレスの泥臭いプレーがピストンズの優勝に一役買っていたのは間違いありません。

 

翌年も2年連続ファイナルに進出しましたが、この時は惜しくもティム・ダンカン率いるサンアントニオ・スパーズに敗れてしまいました。

その後

ウォレスは2006年にシカゴブルズへ移籍します。シカゴブルズで2年、クリーブランド・キャバリアーズで2年、最後は古巣であるデトロイト・ピストンズで3年プレーして2011-2012年シーズンを最後にNBAから引退しました。

ウォレスはドラフト外でもこれだけNBAで活躍できるという事を見事証明してくれました。NBAにドラフトされなかった選手たちに夢と希望を与えました。

彼の背番号3番は2016年にデトロイトピストンズの永久決番になりました。

「ウォレスのディフェンスとリバウンドは本当にすごかった!!」

それではまた。

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りとるあいばーそん

出身地:日本、 NBAファン歴:30年、 好きなチーム:シカゴ・ブルズ、 好きな選手:ジョーダン、アイバーソン、 好きなプレー:ノールックパス、クロスオーバー、 趣味:スポーツ観戦、ツイッターフォローしてくれると喜びます。

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